野中五郎

野中五郎：桜花特攻を率いた海軍軍人の生涯

野中五郎は、1910年（明治43年）11月18日に東京府四谷で生まれました。父は陸軍少将の野中勝明であり、兄には二・二六事件に関与した野中四郎がいます。野中は、姉の結婚がきっかけで海軍を志し、海軍兵学校を卒業後、海軍軍人としての道を歩み始めました。

海軍軍人としての経歴

海軍兵学校では同期の深井俊之助と親交を深め、一風変わった人物として知られていましたが、その性格は非常に真面目で優しかったと伝えられています。飛行学生時代には、江戸っ子弁を使い、私室で香を焚き、茶の湯を楽しむなど、独特の趣味を持っていました。戦場にも茶道具を持ち込み、部下を落ち着かせるなど、豪胆な一面も持ち合わせていました。

しかし、これはあくまで仲間や部下の前での自己演出であり、家族に対しては丁寧な言葉遣いをし、家庭では園芸やクラシック音楽を好む一面もあったと妻は証言しています。艦上攻撃機搭乗員として空母「蒼龍」に配属された後、陸上攻撃機乗りに転身しました。

1936年、兄の野中四郎が二・二六事件に関与して自決すると、野中は海軍を辞職しようとしましたが、上司の説得により思いとどまります。この時、彼は「戦争になったら一番危険な第一線に行って、一番危険な任務について立派に死んで、兄貴の汚名をそそぐ」という決意を同期の深井に語っています。

その後、太平洋戦争が勃発すると、野中はフィリピン空襲に参加。アッツ島沖海戦など、数々の戦いで指揮官として活躍しました。1944年には、新設された特攻兵器「桜花」を運用する神雷部隊の飛行長に着任しました。

神雷部隊での活動

神雷部隊では、桜花を搭載した陸攻隊の指揮官として、その損害を厭わず敵陣に突入する任務を担いました。部隊内では「殴り込み」と称し、自身を「野中一家」と呼ぶなど、任侠のような立ち振る舞いを好みました。

野中は、桜花の実戦投入には懐疑的であり、「使い難い槍」と評していました。彼は、桜花を搭載した陸攻が敵に到達できる可能性が低いと考えており、援護戦闘機が十分に機能しない状況での作戦に強い不安を抱いていました。彼は、部下たちを無駄な死に追いやることに強い抵抗を感じ、上層部に作戦の中止を訴えようとさえしました。

しかし、軍令部の方針は変わらず、彼は桜花作戦を遂行せざるを得なくなりました。それでも、野中は部下たちの士気を高め、出撃前には「飛行機乗りに理屈はいらん。野郎ども、それっ！と云ったら笑って水火も辞さずだ、博徒の心境でいけ、侠客の心境で・・」と気迫のこもった言葉を投げかけました。

九州沖航空戦と壮絶な最期

1945年3月21日、野中が率いる神雷部隊は、九州沖航空戦に出撃しました。しかし、護衛の戦闘機は数が不足し、連携も不十分なまま、アメリカ軍の戦闘機隊に襲撃されました。桜花を搭載した陸攻は、速度と運動性が著しく低下しており、次々と撃墜されていきました。野中は作戦の中止を命じましたが、時すでに遅く、部隊は全滅しました。

野中自身の最期は、まさに壮絶でした。援護の戦闘機隊が離脱していくのを見るや、野中は作戦の続行は不可能と判断。しかし、この時、野中はかねてから懸念していた通り、零戦隊が援護としての用をなさず、自身らを置き去りにしたことに憤慨していたと推測されます。彼は、桜花を投棄して脱出を図るも、敵機の猛攻により、その生涯を閉じました。

野中の死後

野中の死後、彼の部隊は、その悲惨な結末から、戦史に深く刻まれることになります。野中の死を悔やんだ司令の岡村基春は、その後も出撃する神雷部隊の隊員たちに「お前たちだけを行かせやしない。俺も必ず行く」と声をかけ続けました。終戦後、岡村は部下たちの復員に目途がついてから自決しています。

野中五郎は、軍人としての責任感と、部下を思う優しい心を持ち合わせていました。彼は、特攻作戦という、当時の戦争における悲劇的な一面を象徴する存在でした。しかし、彼の人間味あふれる一面は、後世に語り継がれるべきものでしょう。

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