錫釉

錫釉：歴史、製法、そして現代の用途

錫釉は、陶器や磁器に独特の白さと光沢、そして不透明感を与える釉薬です。主に酸化スズを主成分とし、赤味や淡黄褐色の素地に白く美しい輝きを与えます。その不透明性から、絵付けなどの装飾を施すのに最適な素材として、古くから世界中で愛されてきました。

歴史

錫釉の起源は、8世紀のアッバース朝時代のイラク、メソポタミア地方に遡ります。サーマッラーの宮殿跡から出土した陶器の破片がその証拠です。その後、10世紀にはエジプト、スペインへと広がり、イスラム文化圏におけるラスター彩の発展に大きく貢献しました。

錫釉がヨーロッパに伝来したのは中世後期。特にイタリア・ルネサンス期には、マヨリカ焼の製造に盛んに使用されました。ルカ・デッラ・ロッビアは、酸化スズを釉薬の乳化剤として初めて使用した人物として知られています。

一方、東アジアにおいては、歴史的に錫釉が陶磁器の釉薬として使用された記録はありません。

18世紀後半以降、磁器の価格低下やクリームウェアなどの登場により、錫釉陶器の製造は衰退しました。装飾用を除き、日常品としての生産はほとんど行われなくなりました。

製法と色彩

錫釉の製法は時代や地域によって多少の違いはありますが、基本的な工程は共通しています。酸化スズと鉛を混ぜ合わせ、釉薬の基質を加えて熱することで、冷却後に酸化スズが結晶化し、不透明な白色釉薬が生成されます。素地には、クレージング（釉薬のひび割れ）を防ぐため、熱膨張係数が錫釉に近い石灰質粘土が用いられることが多いです。

錫釉は、その白い表面が絵付けに最適です。酸化コバルト（青）、酸化銅（緑）、酸化鉄（茶）、二酸化マンガン（紫褐色）、アンチモン（黄）などの金属酸化物を用いて、多様な色彩の絵付けが可能です。イタリア後期のマヨリカ焼に見られる、精密で写実的な多彩色絵付け（イストリアート）は、酸化物の組み合わせによって実現されています。

焼成方法は大きく分けて2種類あります。17世紀までは、釉薬と絵付けを一度に焼成する「グラン・フー」と呼ばれる方法が主流でしたが、18世紀以降は、素焼き後に釉薬と絵付けを施し、低温で再度焼成する「プティ・フー」が一般的になりました。プティ・フーは色彩の幅を広げましたが、工程は複雑になります。

現代の陶工は、電気窯を使用するなど、伝統的な製法に加え、様々な工夫を凝らして錫釉陶器を制作しています。

近年の用途と代替物質

酸化スズは、衛生陶器の釉薬における乳化剤としても広く用いられてきました。しかし、第一次世界大戦による価格高騰をきっかけに、ジルコニアやジルコンといった代替物質の開発が進みました。現在では、ジルコン化合物との併用や、特殊な低温製法の陶器などに限定的に使用されています。ジルコニアは酸化スズよりも鮮やかな白色を呈するため、現代では特定の用途で好まれています。

錫釉の特性

錫釉の不透明性は、釉薬中に含まれる酸化スズの粒子によって生み出されます。入射光が粒子によって散乱され、素地まで光が届かず、不透明に見えます。粒子のサイズや濃度、釉薬の基質との屈折率の違いが、不透明性の度合いを決定します。

酸化スズは高屈折率で釉薬への溶解度が低く、粒径が大きいことから、優れた乳化剤として機能します。初期の錫釉では、素地と釉薬の間に存在するスリップ層に酸化スズが使用されていたことが、電子顕微鏡による分析で明らかになっています。

初期のラスター彩陶器では、鉛と酸化スズが共に使用され、鉛の含有量が多いほど鮮やかな色彩が得られました。鉛と酸化スズの反応によって、酸化スズが再結晶し、不透明度が高まります。

錫釉の化学的性質

錫釉の組成は、時代や地域、用途によって異なります。初期の中東の錫釉は、カルシウム、鉛、ナトリウムの化合物にシリカを融剤として配合していました。14世紀のイランのアブル・カシムの論文には、石英、炭酸カリウム、鉛スズなどの金属灰、石灰岩などを用いたレシピが記されています。

現代の配合例としては、ケイ酸鉛フリット、カオリナイト、胡粉、フリント、酸化スズなどを様々な割合で混合したものが挙げられます。

クロム化合物に酸化スズを添加した釉薬はピンク色（クロムスズピンク）を発し、鉛釉に酸化スズ、酸化亜鉛、酸化チタンなどを添加することで、繻子織やベラムのような表面仕上げも可能です。

まとめ

錫釉は、その美しい白さと不透明性、そして多様な色彩表現の可能性から、長きに渡り陶磁器装飾に用いられてきた重要な釉薬です。その歴史、製法、化学的特性を理解することで、錫釉陶器の魅力をより深く味わうことができるでしょう。現代においても、伝統的な技法を受け継ぎながら、新たな表現に挑戦する陶工たちの活動が続いています。

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