須原屋市兵衛

須原屋市兵衛について

須原屋市兵衛（すはらや いちべえ）は、江戸時代に活躍した版元（出版業者）です。江戸出版業界の最大手であった須原屋茂兵衛からの暖簾分けによって成立した店の一つで、申椒堂（しんしょうどう）という号を持っていました。特に、平賀源内、森島中良、杉田玄白といった蘭学者の著作を数多く出版したことで知られ、当時の出版業界において革新的な存在でした。活動期間は宝暦年間から文化年間にかけてで、その間、拠点を日本橋室町や本石町などに点々と移しました。

活動概要

須原屋市兵衛の活動は、宝暦12年（1762年）に建部綾足の『寒葉斎画譜』を刊行したことから始まります。翌年には平賀源内の『物類品隲』の版元となり、以降、源内やその周辺の蘭学者の著作を積極的に出版しました。安永3年（1774年）には、幕府の弾圧を恐れながらも杉田玄白らの『解体新書』を刊行するという大胆な行動に出ています。しかし、寛政4年（1792年）には、林子平の『三国通覧図説』が幕府によって問題視され、絶版処分となった上に版木を没収されるという事件も起こりました。文化3年（1806年）には文化の大火で大きな被害を受け、土蔵を持っていなかったため、多くの損失を被りました。文化4年（1807年）の『由利稚野居鷹』、文化5年（1808年）の『三七全伝南柯夢』（曲亭馬琴著）を最後に単独での出版は途絶え、文化8年（1811年）に二代目市兵衛が亡くなってからは、共同出版のみとなりました。文政年間には経営が須原屋茂兵衛に委ねられ、三代目市兵衛の死後、遂に廃業となりました。墓所は浅草の善龍寺にあります。

歴代当主

初代 須原屋市兵衛（？ - 安永8年（1779年）5月6日）
二代目 須原屋市兵衛宗和（？ - 文化8年（1811年）6月9日）
三代目 須原屋市兵衛和文（？ - 文政6年（1823年）8月9日）

主な刊行物

須原屋市兵衛は、以下のような数々の重要な書籍を出版しました。

『寒葉斎画譜』（建部綾足、宝暦12年（1762年））
『物類品隲』（平賀源内、宝暦13年（1763年）6月）
『水の行方』（平秩東作、明和元年（1764年）12月）
『火浣布略説』（平賀源内、明和2年（1765年））
『寝惚先生文集』（大田南畝、明和4年（1767年））
『大疑録』（貝原益軒、明和4年（1767年））
『売飴士平伝』（大田南畝、明和6年（1769年））
『神霊矢口渡』（平賀源内、明和7年（1770年））
『解体約図』（杉田玄白、安永元年（1772年））
『解体新書』（杉田玄白、安永3年（1774年））
『絵本世都濃登起』（北尾重政画、安永3年（1774年））
『教訓いろは歌』（鈴木春信画、安永4年（1775年））
『絵本世都の時』（北尾重政画、安永4年）
『宇比麻奈備』（賀茂真淵、天明元年（1781年））
『大清広輿図』（長久保赤水、天明5年（1785年）6月）
『三国通覧図説』（林子平、天明5年（1785年））
『当世塵劫記』（会田安明、天明6年（1786年））
『紅毛雑話』（森島中良、天明7年（1787年））
『琉球談』（森島中良、寛政2年（1790年））
『古今名物類聚』（松平治郷、寛政3年（1791年））
『略画式』（鍬形蕙斎、寛政7年（1795年））
『民間備荒録』（建部清庵、寛政8年（1796年））
『西説内科撰要』（宇田川玄随、寛政8年（1796年））
『機巧図彙』（細川頼直、寛政8年（1796年））
『魚貝譜』（鍬形蕙斎、享和2年（1802年））

まとめ

須原屋市兵衛は、江戸時代において、蘭学をはじめとする新しい知識や文化の普及に貢献した重要な版元でした。その出版活動は、当時の文化や学術の発展に大きな影響を与えましたが、幕府の弾圧や火災などの災難にも見舞われ、波乱の多い歴史を歩みました。その功績は、現在もなお、日本の出版史において特筆されるべきものです。

参考文献

日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』第3巻 大修館書店、1982年
吉田漱 『浮世絵の基礎知識』 雄山閣、1987年
今田洋三『江戸の本屋さん』NHKブックス

関連項目

出版人
学術出版
須原屋
須原屋茂兵衛
医学書出版
* 今田洋三

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