顧みられない病気

顧みられない病気（Neglected Disease）とは

「顧みられない病気」とは、主に開発途上国において、経済的に貧しい人々を中心に流行している病気を指す言葉です。この用語は、特に国境なき医師団（MSF）などが、世界的な健康問題として提起する際に用いられます。熱帯地域で貧困層の間で広がる感染症の多くは、世界保健機関（WHO）によって「顧みられない熱帯病（Neglected Tropical Diseases）」として分類されており、2007年以降、これらの病気に対する対策の進捗が毎年報告されています。

なぜ「顧みられない」のか

先進国では稀なこれらの病気が、紛争や災害の影響が大きな地域で多発するのは、医療アクセスの問題だけでなく、経済的な背景が大きく関わっています。患者の大多数が貧困層であるため、これらの病気の治療薬は、製薬会社にとって商業的に採算の取れる市場とはなりにくいのが現状です。新薬の研究開発には巨額の費用と高いリスクが伴うため、製薬企業は収益が見込みにくい分野への投資に消極的にならざるを得ません。

さらに、既に治療薬が存在する場合でも、それが半世紀以上も前に開発された古いものであることや、ごく少数の機関しか製造していないといった状況があります。これらの要因が複合的に影響し、本来必要とされる規模での治療薬の供給や、より効果的・安価な新薬の開発が遅れている、あるいは停滞している一因と考えられます。

結果として、数億人もの人々が罹患しているにもかかわらず、その病名さえ一般にはほとんど知られていない疾患が多く存在し、有効な治療法や薬剤の開発が進みにくい状況が、「顧みられない病気」と呼ばれるゆえんです。

具体的な疾患例

顧みられない病気とされる疾患には、以下のようなものが含まれます。

アフリカトリパノソーマ症（アフリカ睡眠病）
南アメリカトリパノソーマ症（シャーガス病） - 特に南米で約1500万人が罹患
狂犬病
ブルーリ潰瘍
デング熱
リーシュマニア症 - 皮膚病変だけでなく、致死率の高い内臓型も存在する
住血吸虫症 - 推定患者数は約2億人
リンパ系フィラリア症
ハンセン病
オンコセルカ症（河川盲目症）
条虫症および神経嚢胞症
エキノコックス症
フランベジア（イチゴ腫など）
メジナ虫症
食品由来の吸虫症
真菌腫
* 土壌伝染性蠕虫症

加えて、マラリア、HIV、結核といった、いわゆる「三大疾病」についても、広く治療薬が製造され、人道支援を通じて途上国にも提供されています。しかし、患者数に比べて薬剤の絶対数が不足していたり、地理的な問題から薬剤が行き届かない地域が多く存在するため、捉え方によってはこれらの疾患もまた「顧みられない」状況にあると言えます。

国際的な取り組みと今後の展望

開発途上国では人口増加が続いており、顧みられない病気の問題は今後さらに規模が拡大していくと予測されています。この深刻な状況に対し、国際社会では様々な取り組みが進められています。

MSFは、ダイレクトメールやウェブサイトなどでこの言葉を積極的に使用し、問題への認識を高める努力を行っています。さらに、2003年には他の機関と共同で「顧みられない病気のためのイニシアチブ（DNDi：Drugs for Neglected Diseases initiative）」を設立しました。

DNDiは、顧みられない病気に焦点を当てた新しい医薬品の開発を推進するとともに、国際的な研究機関、公的セクター、製薬業界など、関連する様々な団体と連携・協力しながら、医薬品の研究開発プロジェクトを立ち上げ、調整する役割を担っています。DNDiの活動は実を結んでおり、2007年3月には、マラリア治療用の混合薬であるASAQを最初の製品として発売しました。

アカデミアの分野でも動きがあります。2004年にはカリフォルニア大学バークレー校が、人道目的のプロジェクトに対して特許を無償で公開すると発表し、他の米国の大学もこれに追随する動きを見せています。また、ビル・ゲイツ氏が経営する慈善団体であるビル＆メリンダ・ゲイツ財団は、2005年に途上国の生物医学研究に対し、約500億円相当の寄付・支援を行うなど、民間の大規模な資金提供もこの問題解決に向けた重要な力となっています。

これらの国際的な連携と支援により、顧みられない病気に対する対策は徐々に前進していますが、数億人の命に関わるこの問題の解決には、さらなる研究開発の促進、薬剤アクセスの改善、そして世界的な関心の向上が不可欠です。

関連項目

医薬品開発、後発医薬品、希少疾病用医薬品

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