馬祖道一

馬祖道一：日常に禅を見出した唐代の巨匠

馬祖道一（ばそ どういつ）は、中国唐代に活躍した禅僧であり、その革新的な禅風は、後の禅宗に多大な影響を与えました。諡号は大寂禅師。俗姓は馬氏で、その親しみを込めた呼び名は「馬おじさん」や「馬家の師匠」とも解釈できます。これは、初期禅宗の純粋な気風を表していると言えるでしょう。

生涯と修行

馬祖道一は、709年に漢州什邡県（現在の四川省）で生まれました。幼少期には、箕（み）を作る家業を手伝っていたと伝えられています。その後、地元の羅漢寺で出家し、資州の処寂に師事。益州の長松山などで禅の修行を積みました。さらに、南嶽（湖南省衡山）に赴き、懐譲の法を継承。773年頃には、洪州開元寺（江西省南昌市）に移り、そこで独自の禅を広めました。

馬祖の禅風は、当時の士大夫階級に受け入れられ、一大宗派である洪州宗を築き上げました。彼の門下からは、百丈懐海や南泉普願など、88人もの高僧が輩出され、それぞれが多くの語録を残しました。これらの語録は、後の禅宗に大きな影響を与え、公案を重視する臨済宗へと発展する原動力となりました。

禅思想の特徴

馬祖の禅は、「馬祖禅」とも呼ばれ、従来の禅とは一線を画すものでした。彼は、経典や観心に捉われず、日常生活の中に悟りを見出す「大機大用」の禅を説きました。

その思想は、「平常心是道」（びょうじょうしんこれどう）や「即心即仏」といった簡潔な言葉で表現されています。これは、特別な修行や悟りを求めるのではなく、普段の心の状態こそが道であり、仏性であるという考え方を示しています。また、馬祖は、相手の理解度や状況に合わせて柔軟に教え方を変える「対機説法」を重視し、多くの人々を教化しました。これにより、士大夫階級にも多くの信者を得て、禅の主流を荷沢宗から奪うほどの影響力を持ちました。

エピソード

馬祖には、多くの逸話が残されています。その一つに、故郷に錦を飾った際のエピソードがあります。故郷に帰ったところ、近所の老婆に「箕作りの小せがれではないか」と言われ、それ以来、故郷に戻ることはなかったと言われています。このエピソードは、名声に囚われず、自身の根源を見つめ直すことの重要性を示唆しているとも解釈できます。

また、仙厓の画賛によれば、馬祖の一喝は、臨済の先師として、3日間も耳が聞こえなくなるほどであったとされています。この逸話は、馬祖の禅が持つ、力強く、直接的な性質を象徴しています。

語録と影響

馬祖の語録は、『馬祖大寂禅師語録』としてまとめられ、後の禅宗に大きな影響を与えました。彼の弟子たちも、それぞれの語録を残し、禅の教えをさらに発展させました。馬祖の教えは、現代においても多くの人々に影響を与え続けています。

弟子たち

馬祖の主な弟子には、百丈懐海、南泉普願、大梅法常、塩官斉安、西堂智蔵、興善惟寛、大珠慧海、帰宗智常、東寺如会、汾州無業、伏牛自在、麻谷宝徹、鵞湖大義、章敬懐睴、龐蘊居士などが挙げられます。

関連資料

馬祖に関する資料としては、『祖堂集』、『景徳伝灯録』、『宋高僧伝』などが挙げられます。また、研究書としては、『馬祖の語録』（入矢義高編）や、「馬祖の伝記」（西口芳男）などがあります。

現在、彼の出身地である四川省では、馬祖学会が開催され、その教えは現代においても継承されています。

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