百丈懐海

百丈懐海（ひゃくじょう えかい）

百丈懐海は、中国唐代の禅僧であり、諡は大智禅師と言います。福州長楽県出身で、俗姓は王氏、名族である太原王氏の末裔とされています。南宗禅における洪州宗の祖、馬祖道一の法を継承しました。

生涯

百丈懐海は、西山慧照のもとで出家し、衡山の法朝律師から具足戒を受けました。その後、馬祖道一に師事し、その法を継ぎました。馬祖の没後、洪州百丈山（現在の江西省宜春市奉新県）に移り住み、律院から独立した禅院を設立しました。この禅院において、百丈は禅門の規範である『百丈清規』を定め、自給自足の体制を確立しました。この清規は、それまでの仏教の戒律とは異なり、労働を修行の一環として重視するものでした。

百丈懐海は、元和9年（814年）1月17日に亡くなりました。長慶元年（821年）に大智禅師と諡されています。彼の生年については、『高僧伝』によると、開元8年（720年）に生まれ、元和9年（814年）に95歳で没したとされています。

百丈野鴨子

『碧巌録』第53則に収録されている公案「百丈野鴨子」は、百丈懐海と馬祖道一の逸話を基にしています。馬祖と共に田圃道を歩いていた際、野鴨が飛び去るのを見た馬祖が、百丈に「あれはなんだ？」「どこへ行った？」と問いました。百丈が「野鴨子です」「向こうに飛んで行ってしまいました」と答えると、馬祖は百丈の鼻を掴みねじり上げ、「飛んで行ったというが、野鴨はここにいるではないか」と迫りました。この一言で、百丈は悟りを開いたとされています。この公案は、禅の悟りの瞬間の機微を示すものとして知られています。

一日不作、一日不食

百丈懐海の教えとして有名なものに、「一日作さざれば一日食らわず」という言葉があります。これは、出家者にとって労働が最も重要な修行であり、労働を通して豊かな人間性を育むべきであるという考えを示しています。百丈自身も高齢になっても自ら労働を率先し、農作業を行っていました。弟子たちが農具を隠して休息を促しても、百丈は食事を摂ろうとしませんでした。このエピソードは、労働を修行と捉える百丈の姿勢を象徴しています。

当時のインド仏教では、出家者の労働は戒律で禁じられており、托鉢や布施に頼っていました。しかし、中国に仏教が伝来すると、僧侶の増加や社会情勢の変化により、寺院経営が困難になり、僧侶たちは生活のために労働せざるを得なくなりました。百丈懐海は、こうした状況を踏まえ、インド仏教の戒律を改革し、労働を「仏のはからい」であり「仏のすがた」として解釈しました。この改革により、中国独自の仏教教団の集団規則である『百丈清規』が制定され、禅宗の発展に大きな影響を与えました。

百丈野狐

『無門関』第二則に収録されている公案「百丈野狐」も、百丈懐海にまつわる有名な話です。説法中に老人が「修行を重ね大悟徹底した人は因果律の制約を受けるか」と質問した際、百丈が「因果の法則をくらますことはできない」と答えたところ、老人は悟りを開き、野狐の身を脱することができたという内容です。この公案は、因果の法則の重要性と、悟りを開いてもその法則から逃れられないことを示唆しています。この話から、禅宗では真の悟りに至らない「邪禅」を「野狐禅」と呼ぶようになりました。

弟子

百丈懐海の弟子には、黄檗希運、潙山霊祐、無言通などがいます。

伝記資料

百丈懐海に関する伝記資料として、陳詡の「唐洪州百丈山故懐海禅師塔銘」（『全唐文』巻446）が挙げられます。

百丈懐海は、その革新的な教えと行動を通じて、中国禅宗の発展に大きく貢献した禅僧として、後世に語り継がれています。

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