駄ノ塚古墳

駄ノ塚古墳とは

駄ノ塚古墳は、千葉県山武市の板附古墳群に属する一辺約62メートルの大型方墳です。この古墳は、7世紀初頭（西暦610年代）に築造されたことが発掘調査で明らかになっており、同時期の用明天皇陵や推古天皇陵に匹敵する規模を誇ります。九十九里浜に注ぐ作田川沿いの台地上に位置し、周辺の古墳群と共に、当時の社会構造や地域首長の勢力関係を解明する上で重要な遺跡となっています。

古墳の概要

駄ノ塚古墳は、標高約50メートルの台地上に築かれた三段築成の方墳で、墳丘の高さは約10メートルです。墳丘の周囲には二重の周溝が巡っており、内側の周溝と外側の周溝の間には堤が設けられています。墳丘は、関東ローム層を主とする土で築かれており、黒色土を混ぜることで強度を高める工夫が見られます。

発掘調査の結果、駄ノ塚古墳は610年から620年頃に築造されたことが判明しました。これは、6世紀後半から7世紀にかけて関東地方各地で大型の方墳や円墳が築造された時期と一致します。この時期は、ヤマト王権が地方首長の統合・再編を進め、国造制の成立へと向かう過程であったと考えられています。駄ノ塚古墳は、この変革期における地方首長の動向を知る上で貴重な資料を提供しています。

板附古墳群には、駄ノ塚古墳以前に築造された2基の前方後円墳が存在しており、前方後円墳の築造が終焉を迎え、方墳へと移行する過程を観察することができます。また、山武市内からは郡衙や古代寺院の遺構も発見されており、地方首長が律令制の郡司へと移行する過程も知ることができます。これらのことから、駄ノ塚古墳は、古墳時代から律令制へと移行する社会変革期における地方首長のあり方を示す重要な遺跡であると言えるでしょう。

九十九里周辺の古墳と駄ノ塚古墳の立地

九十九里浜周辺では、6世紀後半から7世紀前半にかけて古墳の築造が盛んに行われました。木戸川流域では、芝山古墳群や大堤・蕪木古墳群が、作田川流域では、胡麻手台古墳群や板附古墳群が築造されています。特に、大堤権現塚古墳は墳丘長約115メートルと大型の前方後円墳であり、この地域の有力首長の存在を示しています。また、木戸川中流域には、7世紀代の築造と考えられる大型円墳の山室姫塚古墳があります。

板附古墳群では、6世紀後半に西ノ台古墳、6世紀末に不動塚古墳が築造され、その後、駄ノ塚古墳が築造されました。この地域では、6世紀後半から7世紀前半にかけて、大型の前方後円墳や方墳、円墳が盛んに築造されており、これは房総半島における他の古墳群を上回る規模です。

注目すべき点は、木戸川・作田川流域では、6世紀半ば以前には目立った古墳が造営されておらず、6世紀後半になって急速に首長が力を増したことです。6世紀後半には、4つの有力な古墳群が存在していましたが、7世紀初頭に前方後円墳の築造が終了した後、大型円墳である山室姫塚古墳を除くと、板附古墳群の駄ノ塚古墳と駄ノ塚西古墳以外に有力な古墳は築造されなくなりました。このことから、駄ノ塚古墳の被葬者は、武射地域を代表する首長であったと考えられています。

板附古墳群と駄ノ塚古墳

板附古墳群は、前方後円墳3基、方墳3基、円墳29基を含む35基の古墳で構成されています。この古墳群は、作田川から北東に伸びる谷によって3つの群に分けられ、駄ノ塚古墳は、谷の最奥部にある北西の群に属しています。古墳群の中で古い時代に築造された古墳としては、西ノ台古墳に隣接する13号墳があり、4世紀に築造されたとの説があります。また、不動塚古墳に隣接する20号墳は、6世紀前半に築造されたと考えられています。

板附古墳群における画期となったのは、墳丘長約90メートルの西ノ台古墳の造営です。その後、墳丘長約63メートルの不動塚古墳が築造され、610年から620年頃に駄ノ塚古墳が築造されました。この時期、武射地域の首長らが急速に力をつけていったことがわかります。そして、前方後円墳の築造が終了した後、板附古墳群では駄ノ塚古墳が築造され、武射地域を代表する首長の墓となったと考えられています。

古墳の調査と発掘の経緯

板附古墳群の西ノ台古墳と不動塚古墳は、1950年代に発掘調査が行われましたが、駄ノ塚古墳は長らく注目されることはありませんでした。1979年に初めて測量調査が行われ、大型の方墳である可能性が指摘されました。1985年から1986年にかけて、国立歴史民俗博物館によって発掘調査が行われ、古墳の構造や築造年代、埋葬施設などが明らかになりました。この調査によって、駄ノ塚古墳が終末期古墳研究において重要な位置を占めることが認識されるようになりました。

古墳の構造

駄ノ塚古墳は、一辺が62-64メートルの方墳で、墳丘は三段に築成されています。墳丘の高さは約10メートルで、一段目の高さは約2メートル、二段目は約3メートル、三段目は約5メートルです。墳丘の周囲には二重の周溝が巡っており、内溝と外溝の間には堤が設けられています。墳丘の傾斜や盛土の構造から、築造時には地表を削って整地したと考えられています。墳丘の盛土内には、溝が検出されており、これは当初の設計変更によるものか、墳丘の強度を増すための工法であると考えられています。なお、墳丘からは葺石や埴輪は全く検出されていません。

埋葬施設と出土品

駄ノ塚古墳の埋葬施設は、凝灰質の泥岩の切石で造られた横穴式石室です。石室は奥室、前室、羨道から構成される複室構造で、全長は約7.76メートルです。石室の奥部は墳丘中央よりも南側に位置しており、これは山武地域では長大な横穴式石室を造る伝統がなかったことと、石室の材質が強度的に弱かったためと考えられています。

石室の床面には貝殻が敷かれており、羨道からは閉塞石が検出されました。石室は、築造時や埋葬の際に崩壊したため、補修作業が行われたことがわかっています。盗掘によって副葬品や人骨の多くは散逸しましたが、発掘調査では、装飾品や武具、馬具、土器などが検出されました。特に、銀象嵌の大刀や金銅と銀で装飾された馬具は、6世紀後半のものであるとされています。また、須恵器は7世紀初頭のもので、古墳の築造年代を特定する上で重要な手がかりとなりました。

出土した人骨と歯について

駄ノ塚古墳の石室内からは、複数の人骨と歯が検出されました。これらの分析から、少なくとも9人が埋葬されていた可能性が高いと考えられています。埋葬された人物は、少年期から壮年期にかけての人物であったと推定されています。奥室には、銀象嵌の大刀や馬具が副葬されており、このことから、奥室には男性が埋葬された可能性が高いと考えられています。

駄ノ塚古墳と武射郡衙、武射寺

7世紀初頭、武射郡内では、駄ノ塚古墳と共に、山室姫塚古墳が造営されました。この時期、木戸川沿いの勢力と作田川沿いの勢力が武射国造の地位を交互に就いた可能性があります。7世紀後半から8世紀初頭にかけて、武射郡衙や古代寺院が造られ、古墳時代後期から終末期にかけて勢力を誇った首長たちは、再編成されたと考えられています。また、この時代には、地方首長の権威の象徴が古墳から寺院へと変化し、古墳の築造は終了へと向かいました。

駄ノ塚古墳の特徴

駄ノ塚古墳は、前方後円墳の築造が終了した後に造営された大型の方墳であり、同じ時期の天皇陵と匹敵する規模を持っています。これは、ヤマト王権が関東地方を重視するようになり、関東各地の首長の力が強まったことを示しています。また、駄ノ塚古墳を含む板附古墳群は、方墳であるのに対し、同じ武射郡内の山室姫塚古墳は円墳であることから、それぞれの古墳を築造した首長が、畿内の異なる勢力と結びついていた可能性が指摘されています。

駄ノ塚古墳は、6世紀後半に力を増した関東地方の首長たちが、大規模な古墳を築造するようになり、国造から律令制の郡司へと移行する過程を示す貴重な遺跡です。

参考文献

千葉県教育委員会『千葉県重要古墳測量調査報告書・山武地区古墳群（1）』1989年
国立歴史民俗博物館『国立歴史民俗博物館研究報告第65集・東国における古墳の終末（附編）・千葉県成東町駄ノ塚古墳発掘調査報告』1996年
白石太一郎『東国の古墳と古代史』2007年
佐々木憲一編『考古学リーダー12 関東の後期古墳群』2007年
吉村武彦、山路直充編『房総と古代王権』2009年
千葉県教育振興財団『武射郡衙跡 山武市嶋戸東遺跡総括報告書』2009年

外部リンク

* 武社国の古墳（成東町の古墳）


以上が駄ノ塚古墳の詳細な解説となります。

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