黒井城

黒井城：丹波に聳える戦国時代の要塞

黒井城は、現在の兵庫県丹波市春日町黒井に位置する、かつての日本の城です。別名、保月城または保築城とも呼ばれ、その歴史的価値から国の史跡に指定されています。

黒井城の概要

城は、春日町黒井地域の北にそびえる標高356mの城山に築かれました。猪ノ口山の尾根伝いに曲輪群を配置し、山全体を要塞化しています。その起源は建武年間に遡り、赤松貞範によって築城されたと伝えられています。戦国時代には、勇猛な武将として知られる赤井直正がこの城を居城としました。

しかし、天正7年（1579年）、赤井直義の時代に明智光秀の侵攻を受け、落城。その後、斎藤利三が城主となり、大規模な改修を行いました。山崎の戦い後には堀尾吉晴が入城しましたが、関ヶ原の戦いを経て川勝秀氏が城主となった後、廃城となりました。黒井城は約250年間存続したことになります。

歴史

赤松氏の時代

『嘉吉記』によれば、足利尊氏に従軍した赤松貞範が、新田義貞軍との戦いでの功績により、建武2年（1335年）に丹波国春日部を所領として与えられました。この時、黒井城の築城が始まったと考えられていますが、猪ノ口山にはまだ築城されていなかったという説もあります。その根拠として、軍事的な緊張が終息する時期に築城するのは不自然であるという点が挙げられています。

赤松氏はその後、約120年間にわたりこの地を統治したとされていますが、春日部領を直接統治していたわけではなく、代官を配置して遠隔統治していたと考えられています。

荻野氏、赤井氏の時代

赤松氏に代わって荻野氏が春日部領を支配するようになった経緯は、詳しい史料が残っていないため不明です。大永6年（1526年）には、黒井城の城主である赤井五郎が、八上・神尾山両城の戦いで3000の兵を率いて神尾山城の包囲軍を背後から襲撃したという記録があります。しかし、この赤井五郎が後に黒井城で活躍する赤井直正一族とどのような関係があったのかは分かっていません。その後の記録では、天文年間（1532年-1554年）に荻野秋清が黒井城主となっていたことが確認できます。一方、赤井氏は氷上町の後屋城を拠点としていました。赤井時家の息子である赤井直正は、荻野正元に質子として朝日城に送られており、荻野正元の息子が黒井城の城主、荻野秋清でした。

黒井城の乗っ取り

赤井直正は、年初の挨拶のために黒井城に出向いた際、荻野秋清を暗殺し、城を奪い取りました。この事件の原因や経緯については諸説あり、正確な理由は不明です。同年8月5日付の『赤井時家書状』によれば、赤井直正は再び朝日城に預けられていることが確認されており、父荻野正元が放った刺客によるものだったのではないかと考えられています。

赤井直正は悪右衛門直正と名乗り、黒井城を拠点として戦国武将としての道を歩み始めました。細川晴元派であった赤井直正は、晴元の没後もその政敵である三好氏との戦いを続けました。永禄7年（1564年）には多紀郡へ侵攻し、翌永禄8年（1565年）には、三好氏方の松永久秀の弟、松永長頼を福知山市の和久城付近で討ち取り、丹波国から反細川晴元勢力を一掃し、但馬国、丹後国へと勢力を拡大していきました。

黒井城の戦い

第一次黒井城の戦い

永禄13年（1570年）3月、織田信長に拝謁した赤井直正（この時は荻野直正と名乗っていました）と赤井忠家は服命し、氷上郡、天田郡、何鹿郡の丹波奥三郡を安堵されました。しかし、山名祐豊らが氷上郡にあった山垣城（青垣町）の足立氏を攻め立てたため、赤井直正と赤井忠家は山垣城に救援に向かい、山名祐豊軍を撃退しました。その後、勢いに乗って但馬国の竹田城を攻め落とし、山名祐豊の本拠地である此隅山城に迫りました。山名祐豊は織田信長に援軍を要請しましたが、当時信長包囲網に苦しんでいた信長には援軍を送る余裕がなく、天正3年（1575年）に明智光秀を総大将として丹波国征討戦を開始しました。

赤井直正は竹田城から黒井城に帰城し、戦闘態勢を整えました。明智光秀は黒井城を包囲し、2ヶ月以上にわたる攻城戦が続いた後、天正4年（1576年）1月15日、波多野秀治軍が明智光秀軍の背後を突いたため、明智軍は総退却となりました。これは「赤井の呼び込み戦法」として知られています。

第二次黒井城の戦い

赤井直正と弟の赤井幸家は、吉川元春に援軍を要請していましたが、援軍が到着しないまま天正5年（1577年）10月、明智光秀は細川藤孝、細川忠興の増援を得て、第二次丹波国征討戦を開始しました。そのような状況の中、翌天正6年（1578年）3月9日、赤井直正が病死してしまいます。一説には、「首切り疔」という病であったと言われています。

赤井直正の子、赤井直義は幼少であったため、弟の赤井幸家が後見となって赤井家を統率し、明智光秀軍に備えました。しかし、明智光秀軍は波多野秀治の八上城の攻略から着手しました。1年余りの包囲戦の後、八上城は飢餓状態と内部工作により同年6月1日に開城しました。

また、明智光秀軍は八上城包囲中に、八上城と黒井城の分断を目的に金山城を築城し、氷上郡の西部を羽柴秀長に、氷上郡の東部を明智秀満に攻略させ、黒井城の支城を押さえ、孤立無援の状態にしました。そして、八上城落城から約2ヶ月後の8月9日、黒井城もついに落城しました。

斎藤氏、堀尾氏の時代

明智光秀は重臣の斎藤利三を氷上郡に配置し、統治させました。斎藤利三の娘である春日局（幼名:福）は、この地で生まれたとされています。本能寺の変で織田信長を討った明智光秀でしたが、山崎の戦いで敗れると、明智光秀の勢力は完全に丹波国から駆逐されました。

その後、黒井城には羽柴秀吉の家臣であった堀尾吉晴が入城しました。天正12年（1584年）に羽柴秀吉と徳川家康の間で小牧・長久手の戦いが起こると、赤井直正の弟である赤井時直が黒井城と余田城（市島町）で徳川家康に通じ立て篭もりました。

これを最後に黒井城は歴史に幕を閉じ、廃城になったと考えられています。

城郭

猪ノ口山の山頂部には、本丸、二の丸、三の丸と呼ばれる曲輪があります。

主郭

山頂部分の曲輪の大きさは東西約170m×南北約45mで、主郭部分の曲輪の配置、石垣の組み方、本格的な建物跡から近世風の様式が見られます。

本丸

本丸は南面と二の丸方向を石垣で固め、他は土塁で構成されています。石垣は土塁の上に築かれており、鉢巻石垣と同じ構造です。登り口東横の石垣で囲まれた部分には、天守の礎石とみられる石の配列があり、天守台の原型が推察できます。

二の丸

二の丸は南面と本丸、三の丸側に石垣が築かれていますが、三の丸側の石垣は崩壊が進んでいます。崩壊があることから、櫓台跡とも推定されています。また、並瓦、軒瓦、冠瓦などの遺物から、室町時代特有の大きな瓦葺きの建造物が、本丸東部と二の丸北西部に建設されていたことが実証されています。

三の丸

三の丸は隅櫓の石垣と二の門の礎石がある曲輪です。本丸、二の丸が直線上にあるのに対して、三の丸と東曲輪は「くの字」型をしており、矢掛りがかかるように配置されているのも、黒井城の特徴の一つです。城門の礎石は二列が確認でき、ある程度の規模の門があったと推察できます。

周辺曲輪

主郭の一段下には、東曲輪と西曲輪、幅3mから10mの帯曲輪があります。石垣は野面積み、隅部は算木積みと言われる工法で築かれており、いずれも天正年間の石垣と考えられています。

山麓曲輪

山頂部以外に、山麓にも北の丸、西の丸、水の手曲輪、太鼓の段、石踏の段、三段曲輪など多数の曲輪群が配置されており、山頂部の防御を固めています。

特に、西の丸曲輪は「小城」とも呼ばれており、西北に約200mにわたり4段の土塁に囲まれた曲輪があります。下から二番目の曲輪には馬蹄型の土塁があり、西からくる敵に対して防御を固めるとともに、「詰の城」の機能を持った曲輪跡と思われています。

石踏の段と太鼓の段の中間地点には、湧き水を溜める「水の手曲輪」があり、山頂部の北側と、山頂部の南下側には横穴式の用水機構がある水の手曲輪が確認できます。

下館と出砦

猪ノ口山の登山口には、興禅寺があり、下館跡であると推定されています。この下館は赤井直正が黒井城に入城した時に、奥村氏の屋敷跡を改修し、水濠と石垣などの防御施設も備えている点から、単純な居館とは一線を画しているという指摘もあります。山城は山麓に居館を設け平時はそこで暮らし、戦時には山に立て篭もるのが一般的とされています。この下館を中心に家臣屋敷も建ち並び、職人町、商人町もあり、坂が多く、道も折れ曲がっている点から江戸時代の城下町とは異なり、戦国時代の城下町の面影を今も色濃く残しています。また、根古山、丸山、太刀野、幟立、馬縄手等の城の名残を思い浮かべる地名が数多く伝承されています。

下館以外にも3つの尾根筋の突端には、北西に千丈寺砦、北東に龍ヶ鼻砦、百間馬場、南東に的場砦、東山砦と山頂部を中心に「Y」字に出砦があります。また、千丈寺砦、龍ヶ鼻砦、的場砦、東山砦は山頂部から1km前後と等しい間隔にあり、これらの砦では似通った曲輪跡が認められています。

黒井城は、その歴史と構造において、戦国時代の山城の典型的な特徴を示す貴重な史跡です。訪れる際には、当時の武将たちの息吹を感じながら、その堅牢な防御施設や美しい石垣を堪能してみてください。

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