MSX (初代規格)

MSX1（エムエスエックス・ワン）

MSX1は、1983年に提唱された共通規格であるMSX規格における最初のバージョンです。発表当時は単に「MSX」と呼ばれていましたが、後にMSX2などの上位互換となる後継規格が登場したため、これらと区別するために便宜上「MSX1」と呼ばれるようになりました。広義には後継機を含めた総称として「MSX」という言葉が使われることもあり、混同を招く場合もあります。

この規格は、当時の低価格帯パーソナルコンピュータ市場をターゲットとしており、価格帯から家庭用ゲーム機とも競合する位置づけでした。しかし、表示能力に関しては、専用の画像処理回路を持つファミリーコンピュータなどのゲーム特化機や、同時期の他社製パソコンと比較して見劣りする面がありました。特にファミコンには、普及台数で大きな差をつけられる結果となりました。この表示性能の課題は、後のMSX2開発の重要な契機となります。

MSX1のアーキテクチャには、いくつかの特徴がありました。規格で定められた仕様や、多くの機種が低価格を目指して設計されたことから、全体的に性能は控えめなものが多く見られました。特に表示周りは、VDP（ビデオディスプレイプロセッサ）の制約に大きく依存しており、テキスト表示を基本としながらビットマップグラフィックを表現する仕組みは、当時の一般的なグラフィック描画（図形の表示や塗りつぶしなど）には必ずしも最適ではありませんでした。これにより、特定の色指定で表示が乱れる「色化け」が発生したり、その独特の描画仕様が他機種からのソフトウェア移植を難しくする壁ともなりました。提供されるソフトウェアも、多くの機種で動作するように低めの仕様に合わせられたものが多かったことも、ゲーム専用機などに見劣りする一因となりました。

一方で、初代規格の時点で約1MiB弱のアドレス空間や、拡張性の基盤となるスロット機構を備えていました。また、ハードウェアの性能に対して、非常に機能豊富で精度の高いBIOS（基本入出力システム）が整備されていたことも特筆されます。これにより、ハードウェアスペックからは想像されにくい、比較的規模の大きなシステム構成が可能でした。

MSX規格は共通プラットフォームであるため、参入メーカー各社は、内蔵ソフトウェア、付属機器、デザイン、価格構成など、ハードウェア以外の部分で他社製品との差別化を図りました。このため、市場には各社の個性が光る、非常に多彩なMSX1機種が出回ることになりました。

日本においては、MSX1がある程度普及する要因となった点がいくつか挙げられます。

• - 当時の一般的なパソコン（例えばNEC PC-8800シリーズなど）と比較して、システム全体を圧倒的に安価に揃えて利用できました。
• - メーカーによっては、同じ自社内の競合機種であるPC-6000シリーズよりもさらに安価なモデルも存在しました。
• - 専用の周辺機器に頼らず、家庭にある一般的なテレビやカセットデッキなどの民生機器を流用・接続できたため、システム構築の費用を抑えることができました。また、テレビに表示可能な信号を使用していたため、ビデオデッキなどへの画面録画も容易でした。
• - ソフトウェア供給形態としてカートリッジが一般的であり、本体に差し込んで電源を入れるだけで即座に使える手軽さがありました。

主な仕様

同時期に登場したソードM5やセガSC-3000とはCPUやVDPが共通していますが、ソフトウェアレベルでの互換性はありませんでした。

CPU: ザイログ Z80A相当品（3.579545MHz）
ROM: 32KB（BIOS、MSX-BASIC）
メインメモリ（RAM）: 8KBから64KBまで機種によって異なる
画面制御（VDP）: テキサス・インスツルメンツ TMS9918相当品、VRAM 16KB
画面モード: SCREEN0 (テキスト40x24)、SCREEN1 (テキスト32x24)、SCREEN2 (グラフィック256x192)、SCREEN3 (グラフィック64x48)
サウンド: ゼネラル・インスツルメンツ AY-3-8910 または YAMAHA YM2149 (PSG)
PPI: 8255相当品（周辺機器インターフェース）
拡張スロット: 最低1個

主な参入メーカーと機種例

MSX1には国内外の多くのメーカーが参入し、様々な機種を発売しました。

カシオ計算機 - PV-7、MX-10など（ゲーム機寄りの設計、ゲームパッド一体型）
キヤノン - ベガ：V-8など（デザイン性が評価された）
三洋電機 - WAVY MPC-3など
三洋電機特機 - PHC-27など（データレコーダー内蔵モデルも）
ソニー - HiTBiT HB-55、HB-75など（トップシェアを占めたと言われる）
東芝 - パソピアIQシリーズ（ワープロソフト内蔵モデルも存在）
日本ビクター - HCシリーズ（VHDプレイヤー連携機能を持つモデルも）
パイオニア - Palcom PX-7（キーボード分離型、レーザーディスク連携）
日立製作所 - MB-H1、MB-H2など（キャリングハンドル付き、マシン語モニタ内蔵モデル、カセットデッキ内蔵モデルなど個性的）
富士通 - FM-X（FM-7との連携機能）
ゼネラル - PAXON PCT-50/55（MSX内蔵テレビ）
三菱電機 - ML-8000、Let usシリーズなど
松下電器産業 - キングコング CF-2000、CF-2700など（多彩なモデルを展開）
日本楽器 - YISシリーズ、CXシリーズ（AV機器・楽器店ルートで販売、FM音源やMIDI拡張が可能）
韓国メーカー（日本国内未発売）：三星電子、大宇電子（Zemmixなどのゲーム専用機も）、金星電子
アラブ諸国向け（日本で生産・輸出）：Al-Alamiah

なお、NECなどもMSXへの参入を検討していましたが、最終的に製品化には至りませんでした。

MSX1は、手頃な価格でパソコンとゲームの両方を楽しめるプラットフォームとして一定の地位を築き、後継規格であるMSX2以降へと続く礎となりました。

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