Microsoft Multiplan

Microsoft Multiplan：Excelの先駆けとなった表計算ソフト

Microsoft Multiplanは、マイクロソフト社が開発した、Microsoft Excelに先立つ初期の表計算ソフトウェアです。1982年の登場以来、その高い移植性と革新的なインターフェースで、コンピューティングの歴史に大きな足跡を残しました。

多様なプラットフォームへの対応

Multiplanは、当初Apple IIおよびCP/M|CP_M向けにリリースされましたが、その後、MS-DOS、XENIXといった主要なオペレーティングシステムに加え、コモドール64、TI-99/4A、TRS-80 Model IIといった幅広いパーソナルコンピュータ、さらにはDEC PDP-11ミニコンピュータにも移植されました。特に、Macintosh版は、マイクロソフト初のGUI対応表計算ソフトウェアとして注目を集めました。他の機種向けバージョンはテキストベースのインターフェースでしたが、Macintosh版は、後のExcelへと続くGUI操作の礎を築いたと言えるでしょう。

Multiplanは、表計算ソフトのMultiplan、グラフ作成ソフトのMulti-Chart、簡易データベースソフトのMulti-Fileから構成される「Multi-Tool Family」の一部でもありました。これらのソフトウェアが統合的に利用されることで、データ分析からプレゼンテーションまで、幅広い作業を効率的に行うことが可能となりました。

特徴的なインターフェースと機能

Multiplanは、セル位置の指定にR1C1参照形式（行をR1、R2…、列をC1、C2…で表す）を採用していました。これは、当時の主流であったA1参照形式（行を1、2…、列をA、B…で表す）とは異なり、ビル・ゲイツはA1形式を「戦艦方式」と評し、Multiplanではより直感的なR1C1形式を採用したとされています。しかし、多くのユーザーはA1参照形式に慣れていたため、R1C1形式は分かりにくいと批判されることになります。この反省から、後継ソフトであるExcelでは、初期状態をA1参照形式とし、ユーザーがR1C1形式に切り替えることが出来るようになっています。

また、Multiplanは画面下部に常時メニューを表示するインターフェースを採用していました。これは、当時としては斬新な設計で、ユーザーは常に利用可能なコマンドを確認することができました。設定によっては、常時文字・数字・数式入力モードに切り替え、Escキーでメニューを表示する設定も可能でした。さらに、ファイル形式には、多くのソフトウェアがサポートしていたSYLK（Symbolic Link）形式が採用されていました。

初期バージョンはIBM PCの標準メモリである64KBで動作するように設計され、ワークシートのサイズは256行×64列に制限されていました。しかし、バージョンアップを重ねるごとに、メモリ容量の制限が撤廃され、ワークシートのサイズは拡張されました。バージョン2.0ではマウス操作に対応、バージョン3.0ではマルチユーザー対応と最大8枚のワークシートの同時利用が可能となりました。

開発と競争

Multiplanの開発は1980年に開始されました。開発コードネームは「EP（エレクトロニック・ペーパー）」でした。先行するVisiCalcがアセンブリ言語で記述され移植性が低かったのに対し、MultiplanはC言語と中間言語を使用することで、高い移植性を達成しました。これは多くの機種への対応を可能にした反面、動作速度の遅さにも繋がりました。

開発責任者であるチャールズ・シモニーは、ゼロックスのパロアルト研究所でGUIの利点を認識しており、その経験をMultiplanの設計に活かしました。常時表示されるメニューやプロパティシートは、マウス操作を想定した設計であり、ビル・ゲイツもその思想に賛同していました。

1982年の発売当初は好調な売れ行きを示しましたが、翌年のLotus 1-2-3の登場によって、IBM PC/ATおよびその互換機市場では苦戦を強いられました。Lotus 1-2-3はMultiplanよりも多くのメモリを必要としましたが、アセンブリ言語で記述されていたため、より高速に動作しました。Multiplanはバージョンアップによって機能強化を図り、Lotus 1-2-3に対抗しようとしましたが、既にLotus 1-2-3は市場での確固たる地位を築いており、その牙城を崩すことはできませんでした。しかし、Lotus 1-2-3の多言語対応が遅れたこともあり、欧州や日本の市場では比較的成功しました。これはMultiplanの高い移植性とローカライズの容易さ、そして8ビット機などの低スペック環境でも動作したことが大きく貢献しています。

Macintosh版は、Macintosh 128Kの発売と同時にリリースされた、サードパーティー製として唯一のアプリケーションソフトウェアでした。アップルからの開発協力によって、発売前から開発環境が整えられていたため、これが可能となりました。Macintosh版Multiplanは、マウス操作を考慮した設計であったことから、GUIへの対応もスムーズに進みました。Lotus Jazzが市場で受け入れられなかったこともあり、初期のMacintosh市場ではMultiplanが標準的な表計算ソフトウェアの地位を獲得しました。

しかし、マイクロソフトは、北米市場でのLotus 1-2-3との競争敗北を深刻に受け止め、GUIに特化したMicrosoft Excelの開発へと舵を切りました。これが、後の表計算ソフト市場を席巻するExcelの始まりとなりました。

バージョン履歴（日本法人発売分）

1986年2月：Multiplan 2.0（PC-9800シリーズ、J-3100シリーズ）
1987年7月：Multiplan 3.1（PC-9800シリーズ、J-3100シリーズ、AXシリーズ）
* 1989年11月：Multiplan 4.1（PC-9800シリーズ、J-3100シリーズ、AXシリーズ）

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