ヘールカ

ヘールカ：チベット密教における究極の尊格

ヘールカ（Heruka）は、チベット密教における重要な尊格です。日本の仏教における明王に相当しますが、チベット密教では、無上瑜伽タントラにおいて独自の解釈がなされ、特別な位置を占めています。単なる守護者ではなく、五智如来や諸仏と同等、あるいはそれ以上に位置づけられる場合もあります。各タントラの説法者や主尊として祀られ、時には如来をも凌駕する存在として崇敬されています。

ヘールカの起源と多様な解釈

ヘールカの起源は、中期密教における降三世明王に遡ると考えられています。その後、無上瑜伽タントラにおいて発展を遂げ、『サマーヨーガ・タントラ』など母タントラ系の経典に忿怒尊として登場します。『ブッダカパーラ・タントラ』の「ブッダカパーラ」などもヘールカの発展形と見なされ、これらの尊格の総称としても「ヘールカ」の名が使われます。

日本では「教令輪身」と呼ばれ、本尊の守護者として理解されていますが、チベット密教では、その解釈は大きく異なります。『大幻化網タントラ』（グヒヤガルバ・タントラ）や『幻化網タントラ』（マーヤージャーラ・タントラ）といった重要なタントラにおいて、それぞれ大日如来や金剛薩埵が中心に描かれるにも関わらず、ヘールカである「大幻化金剛」（マハー・マーヤー）が両タントラの代表的な本尊として祀られていることが、その特別な地位を示しています。

主要な五タントラにおけるヘールカ

チベット密教の主要な五タントラにおいては、それぞれ異なるヘールカが中心的な存在として祀られています。

『グヒヤガルバ・タントラ』（大幻化網タントラ）：マハーマーヤー（大幻化金剛）－ニンマ派の本尊
『グヒヤサマージャ・タントラ』（秘密集会タントラ）：グヒヤサマージャ（密集金剛）－ゲルク派の本尊
『ヘーヴァジュラ・タントラ』（呼金剛タントラ）：ヘーヴァジュラ（呼金剛）－サキャ派の本尊
『チャクラサンヴァラ・タントラ』（勝楽タントラ）：チャクラサンヴァラ（勝楽金剛）－カギュ派の本尊
『カーラチャクラ・タントラ』（時輪タントラ）：カーラチャクラ（時輪金剛）－チョナン派の本尊

さらに、ニンマ派の『修部の八教説』（ドゥパ・カギェー）では、「八大ヘールカ法」として九つのヘールカが紹介されており、ヘールカという名称がより広範な尊格の総称としても用いられていることがわかります。

ヘールカの姿容と象徴性

ヘールカの姿容は様々ですが、共通して忿怒相を呈することが多く、ヒンドゥー教のシヴァ神と重なる部分も見られます。一般的な姿としては、「一面二臂で、右手に金剛杵、左手にカパーラ（髑髏杯）を持ち、左手でカトヴァーンガ（髑髏杖）を抱える。足下は死体を踏みつけ、右足を上げ、左足で立つ舞踊のポーズを取る。髪の毛は逆立ち、顔は三眼忿怒の相。額には阿閦仏の小像が付されることもある。肩から生首を繋いだ環をかけ、身体に灰を塗る」といった表現がされます。これらの象徴は、煩悩の破壊や悟りの達成といった密教的な意味合いを深く含んでいます。

参考文献

平松敏雄 「西蔵仏教宗義研究 第三巻 トゥカン『一切宗義』ニンマ派の章」、東洋文庫、1882年刊。
ラマ・ケツン・サンポ・リンポチェ監修 『大チベット展』、比経啓助編、株式会社毎日コミュニケーションズ、1983年刊。
松長有慶 編著 『インド後期密教（下）』、春秋社、2005年刊。

関連事項

無上瑜伽タントラ
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