ヴェーダ

ヴェーダ：古代インドの聖典と知識の宝庫

紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけて、古代インドで編纂された一連の宗教文書をヴェーダ（Veda）と呼びます。「ヴェーダ」はサンスクリット語で「知識」を意味し、バラモン教とヒンドゥー教の聖典として今日まで大切に受け継がれています。長きに渡り、口承や議論を経て、後世になって書き記されたものが多く、その歴史的重みは計り知れません。

ヴェーダの伝統的な詠唱は、2003年にユネスコによって「傑作の宣言」がなされ、2009年には正式に無形文化遺産に登録されました。これは、インドの文化と精神性を世界に示す重要な出来事と言えます。

シュルティとスムリティ：天啓と聖伝

インドの聖典は、大きく分けてシュルティ（天啓）とスムリティ（聖伝）の2種類に分類されます。ヴェーダはシュルティに属し、古代の聖人リシたちが神から受け取ったとされる聖典です。

シュルティは、文字が普及した後も、師から弟子へと口伝によって伝えられることを重視しました。そのため、文字に記されたものは一部に過ぎないとされています。ヴェーダ、特にサンヒターに使われている言語はヴェーダ語と呼ばれ、後の時代のサンスクリットとは異なる多くの特徴を持ち、アヴェスター語とも類似点が数多く見られます。言語学的な観点からも貴重な資料と言えます。

一方、スムリティはリシたちが著した聖典であり、ヴェーダとは区別されます。代表的なものとして、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』、『マヌ法典』などが挙げられます。

ヴェーダの四部構成

ヴェーダは、大きく4つの分野に分類されます。

1. サンヒター（本集）： ヴェーダの中心部分で、マントラ（讃歌、歌詞、祭詞、呪詞）から構成されます。神々への賛美や祈りを込めた詩的な表現が特徴です。
2. ブラーフマナ（祭儀書、梵書）： 紀元前800年頃を中心に成立した散文形式の文書です。祭儀の手順や神学的意味を詳細に解説しており、サンヒターの内容をより深く理解するために役立ちます。
3. アーラニヤカ（森林書）： 人里離れた森林で語られる秘儀を記した文書です。祭式の説明に加え、哲学的な考察も含まれており、ブラーフマナとウパニシャッドの中間的な位置付けにあります。
4. ウパニシャッド（奥義書）： 哲学的な内容を扱う部分で、インド哲学の源流と言える重要な文献です。紀元前500年頃を中心に成立し、各ヴェーダに複数のウパニシャッドが存在します。ヴェーダーンタ（ヴェーダの最後）とも呼ばれ、インド哲学の様々な学派に多大な影響を与えています。

さらに、これらの4つの部門は、祭官ごとに『リグ・ヴェーダ』、『サーマ・ヴェーダ』、『ヤジュル・ヴェーダ』、『アタルヴァ・ヴェーダ』といった種類に細分化されます。それぞれのヴェーダは更に多くの部分に分かれ、膨大な文献群を形成しています。現在に残る文献だけでも相当な量がありますが、古代に失われた文献を加えると、その規模は想像を絶するほど巨大であったと考えられています。

サンヒター：4つの主要なヴェーダ

狭義のヴェーダは、上記4部構成のうちサンヒター（本集）を指し、以下の4種類があります。

『リグ・ヴェーダ』: ホートリ祭官に所属する神々への韻文讃歌集。インド・イラン共通時代にまで遡る古い神話を収録しています。
『サーマ・ヴェーダ』: ウドガートリ祭官に所属する詠歌集。『リグ・ヴェーダ』を基にしており、インド古典音楽の源流にもなっています。
『ヤジュル・ヴェーダ』: アドヴァリュ祭官に所属する散文祭詞集。神々への祈りを中心とした内容です。黒ヤジュル・ヴェーダと白ヤジュル・ヴェーダの2種類が存在します。
『アタルヴァ・ヴェーダ』: ブラフマン祭官に所属する呪文集。他の3つのヴェーダと比べて成立が新しく、後になってヴェーダに加えられたと考えられています。

ヴェーダ時代以降の文献

ヴェーダ以外にも、ヴェーダに付随する文献群が存在します。

ウパヴェーダ: ヴェーダに付随する応用的な知識をまとめたもので、『アーユル・ヴェーダ』（医学）、『ガンダルヴァ・ヴェーダ』（音楽・舞踊）、『スターパティア・ヴェーダ』（建築術）、『ダヌル・ヴェーダ』（弓術）などがあります。
ヴェーダーンガ: ヴェーダの補助学であり、音声学、儀式、文法、語源、韻律、インド占星術などから構成されます。

これらの文献は、ヴェーダの理解を深める上で非常に重要な役割を果たしています。ヴェーダは単なる宗教文書ではなく、古代インド人の世界観、哲学、社会構造など、多様な側面を理解するための貴重な情報源となっています。現在でも、インド哲学や文化、宗教研究において、ヴェーダは重要な研究対象であり続けています。

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