一妻多夫制

一妻多夫制（いっさいたふせい）

概要

一妻多夫制は、一人の女性が同時に複数の男性と結婚、あるいはそれに準ずる関係を持つ社会制度や配偶システムを指し、ポリアンドリーとも呼ばれます。これは、一人の男性が複数の女性と結婚する一夫多妻制（ポリジニー）と共に、より広い概念である複婚（ポリガミー）の一部を構成します。人間社会だけでなく、鳥類や哺乳類を含む多くの生物種を見ても、一妻多夫制は比較的に少ない配偶システムです。

主な形態

一妻多夫制は、夫となる男性たちの関係性によって、主に以下の二つの形態に分類されます。

父性一妻多夫制 (fraternal polyandry)：この形態では、一人の女性が複数の兄弟と結婚します。親族関係にある男性たちが一人の女性を妻とするパターンであり、後述の非父性一妻多夫制よりも比較的多く見られる傾向があります。家族の土地や財産が分割されるのを防ぐ目的などで採用されることがあります。
非父性一妻多夫制 (non-fraternal polyandry)：妻となる女性が、血縁関係のない複数の男性と結婚する形態です。

成立背景と要因

一妻多夫制が社会制度として見られる背景には、いくつかの社会経済的な要因が影響していると考えられています。

性比の偏り：特定の文化的な慣習（例えば、間引きなど）により、女性に対して男性の人口が著しく多い地域や社会では、全ての男性が結婚できる機会が限られるため、一人の女性を複数の男性が共有する形態が選択されることがあります。
厳しい経済状況：生活が貧しい地域では、一人の男性の収入だけでは、一人の女性とその子供たちを十分に養うことが困難な場合があります。このような状況下で、複数の男性が共同で家計を支え、女性と子供の生存と安定した成長を保障するために、一妻多夫制が機能することがあります。

これらの要因が単独または複合的に作用することで、一妻多夫制が社会的に受け入れられ、維持されることが多いとされています。

歴史的な議論と現代の状況

人類史において、一妻多夫制がどの程度一般的であったかについては、人類学者の間で現在も議論が続いています。近代以降の帝国主義的な影響により、過去の多くの伝統社会が変容または破壊されたため、正確な実態を把握することが難しいという指摘もあります。

現代においては、世界の多くの国で一妻多夫制は法的には認められていません。しかし、伝統的にこの制度が根付いていた地域では、非合法であっても社会的な慣習として存続し、コミュニティ内で受け入れられている場合が多く見られます。

生物学的な知見

生物の配偶システムとしての一妻多夫制は、繁殖戦略の観点からも研究対象となっています。従来、雄は配偶者の数を増やすことが子の数に直結しやすいのに対し、雌は配偶者を増やしても直接的に子の数が増えるわけではないため、雄ほど配偶者獲得への進化的な圧力は働かないと考えられてきました。しかし、一妻多夫制を選択した場合、生まれてくる子の生存率が高いことを示唆する野外観察や実験データが存在します。

例えば、オーストラリアの有袋類であるチャアンテキヌスを用いた実験では、一妻多夫（または多夫多妻）の環境で生まれた子の生存率が、一夫一妻の場合と比較して約3倍も高いという結果が得られました。遺伝子解析からは、精子競争に勝利して受精に至った雄ほど、より生命力の強い子供を残す傾向があることが示唆されています。この結果から、一妻多夫制は、優れた形質を持つ雄が子孫を残す機会を増やすことで、種の全体的な繁栄に寄与する可能性が指摘されています。

歴史的には、カトリック教会などが、一妻多夫制が見られた地域で女性による幼児殺害が多いと指摘したこともあります。

人間社会における具体的な事例

現代において一妻多夫制は世界的に見れば減少傾向にありますが、以下のような地域で伝統的に継承されています。

ヒマラヤ山脈周辺地域（チベット、ネパール、ブータンなど）では、現在でも比較的一般的な婚姻形態の一つです。
インドの一部（特に南部）、ナイジェリア、スリランカ、北極圏の一部、モンゴル地方、アフリカやアメリカ州の先住民社会、ポリネシアのいくつかの共同体などでも、伝統的な制度として存続しています。

ただし、これらの地域の中には、厳密な「一妻多夫」というよりは、複数の男女が関係を持つ多夫多妻制や、複数の男女が入り乱れる非定型的な関係性（いわゆる乱婚に近い）が実態である場合もあります。

歴史的な事例としては、江戸時代の日本の江戸において、男性人口が極端に多かった町人社会で、長屋の住人間に事実上の一妻多夫に近い関係性が存在し、地域社会の結束を保つ機能を持っていたという説があります。また、1970年代にアメリカで見られたヒッピー文化の中のコミューンでは、女性が特定の男性に縛られない関係性を模索する試みがあり、これが現代のポリアモリー運動の一部思想にも影響を与えているとされています。

動物における事例

人間以外の動物界でも、一頭の雌が複数の雄と関係を持つ一妻多夫型の繁殖システムが見られます。

鳥類：タマシギやアカエリヒレアシシギなど、鳥類全体の約0.4%が一妻多夫型の繁殖パターンを示します。
両生類：モリアオガエルでは、一つの卵塊に対して複数の雄が群がり受精を行うことがあります。
昆虫：ミツバチの女王蜂は生涯で一度の結婚飛行において複数の雄と交尾するため、これも一妻多夫の一例と見なされます。
魚類：チョウチンアンコウの深海種には、雌の体に複数の矮小な雄が寄生するという、極めて特殊で徹底された一妻多夫システムが見られます。これは、雌が多数の雄を物理的に養うという点でも特徴的です。

関連用語

一夫一婦制、一夫多妻制、複婚、配偶システム、家族法、レビラト婚など。

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