浮世絵類考

『浮世絵類考』は、江戸時代の浮世絵師たちの伝記や来歴を記した著作であり、浮世絵研究における重要な基礎資料です。この著作は、単一の著者が書いたものではなく、複数の考証家が長年にわたり加筆・修正を重ねて成立したという複雑な経緯を持っています。ここでは、その成立過程と内容について詳しく解説します。

成立事情

『浮世絵類考』の成立は、寛政2年（1790年）頃に大田南畝が浮世絵師に関する考証を始めたことに端を発します。その後、笹屋新七（邦教）が系譜を加筆（寛政12年（1800年））、山東京伝が追考（享和2年（1802年））を行い、さらに式亭三馬が補記し、加藤曳尾庵が加筆したものが「曳尾庵本」（文政2 - 4年（1819年 - 1821年））として知られています。この「曳尾庵本」には37名の浮世絵師が掲載されていますが、成立を疑問視する偽書説も存在します。

その後、天保4年（1833年）には渓斎英泉が補記を行い、『無名翁随筆』として86名の浮世絵師を掲載しました。さらに、天保15年（1844年）には斎藤月岑が『無名翁随筆』を補記し、『増補浮世絵類考』として刊行しました。

慶応4年（1868年）には、竜田舎秋錦（竜田秋錦とも）が『新増補浮世絵類考』を編集し、127名の浮世絵師を収録しました。同じ年に、関根只誠が斎藤月岑の蔵書を写し、補記を加えた「只誠増補本」を作成しましたが、この内容は斎藤月岑の『増補浮世絵類考』や竜田舎秋錦の『新増補浮世絵類考』とは異なっています。

明治13年（1880年）には、三代目柳亭種彦が山東京伝自編の類考に補記を加えた「増訂浮世絵類考」が刊行されました。この「増訂浮世絵類考」は、エドモン・ド・ゴンクールが浮世絵師の研究において依拠した資料として知られています。しかし、三代目種彦や京伝による原本は見つかっておらず、現存する写本には明治14年以降の出来事も書き加えられているため、その信憑性には疑義も提出されています。

岩波文庫版の構成

岩波文庫版『浮世絵類考』は、以下の構成でまとめられています。

大和絵師浮世絵之考
吾妻錦絵之考
岩佐又兵衛以下の各絵師、232名
附録　古今大和絵浮世絵の始系

また、岩波文庫版では、諸本を区別するために以下のマークが用いられています。

【追】山東京伝の追校
【三】式亭三馬加筆
【曳】『曳尾庵本』
【無】『無名翁随筆』
【増】『増補浮世絵類考』
【新】『新増補浮世絵類考』
【故】『故法室本』

記述の例

写楽に関する記述を例に挙げると、大田南畝が書いた原文に近い部分として「これは歌舞妓役者の（…）一両年に而止ム」という記述があります。中野三敏は、南畝の原撰と思われる部分に、寛政6年から7年が活動期とされる写楽の記事が記載されていることから、この部分の成立を寛政7年以降としています。ただし、岩波文庫版には、南畝原撰部の成立を寛政2年頃とする根拠は明示されておらず、「近来の研究では」と書かれているのみです。

『浮世絵類考』は、このように複数の筆者によって編纂されたため、その内容には複雑な成立過程が反映されています。しかし、その多様性こそが、浮世絵研究において重要な資料としての価値を高めていると言えるでしょう。

関連書籍

由良哲次 編『総校日本浮世絵類考』画文堂、1979年。
大曲駒村 校『浮世絵類考』曲肱書店、1941年。
本間光則 編『浮世絵類考』（新増補）、1889年。
平野千恵子『鳥居清長の生涯と芸術』味灯書屋、1944年。

関連雑誌

板坂元、棚町知弥 (1963-02). “海外資料紹介 月岑稿本増補浮世絵類考”. 近世文芸資料と考証 (七人社) 2: 121 - 144.
* 板坂元、棚町知弥 (1964-02). “海外資料紹介 月岑稿本増補浮世絵類考2 （承前）”. 近世文芸資料と考証 (七人社) 3: 113 - 144.

これらの書籍や雑誌は、『浮世絵類考』をより深く理解するための手助けとなるでしょう。

もう一度検索