蝗害

蝗害について

蝗害（こうがい）とは、バッタ類が大量発生し、農作物や植物を食い荒らすことで発生する災害です。特にトノサマバッタなどの一部のバッタは、環境条件によって「孤独相」から「群生相」へと変化し、大規模な群れを形成して移動する性質を持ちます。

飛蝗現象

蝗害を引き起こすバッタは、飛蝗（ひこう）と呼ばれ、特に群生行動をする状態を飛蝗現象と言います。この現象下では、バッタの群れが航空機の飛行を妨げることもあります。群生相のバッタは、稲や畑作物だけでなく、あらゆる草本類を食い尽くし、紙や綿製品などの植物由来のものまで被害が及びます。そのため、食料生産が困難になり、食糧不足や飢饉を引き起こす大きな原因となります。

蝗害の特徴

蝗害は、農学的に重要な問題であるとともに、バッタの生態学的にも興味深い現象です。そのため、多くの研究が行われています。

相変異

バッタは、普段は「孤独相」と呼ばれる分散した状態で生活していますが、ある条件が揃うと「群生相」へと変化します。これを相変異と呼びます。

群生相の特徴

群生相のバッタは、外見や行動に以下のような変化が見られます。

外見の変化:
体が暗色になる
翅が長くなる
足が短くなる
頭幅が大きくなる
胸部がへこむ
触角の感覚子が減少する
行動の変化:
互いに近づこうとする
産卵前期間が増加し、羽化後生存日数が減少し、産卵回数、産卵数が減少する
孤独相では食べなかった植物も食べるようになる

この相変異は、親の遺伝子ではなく、集団密度によって引き起こされると考えられています。高密度な環境で育った親からは、群生相の性質が強い子が生まれ、逆に低密度な環境では孤独相に近い子が生まれます。この性質は世代を超えて累積的に遺伝します。相変異の原因物質としては、[His7]コラゾニンというホルモンの一種が関与していることがわかっていますが、まだ解明されていない部分も多いです。

バッタの生態

バッタのメスは、土や砂地の地下に産卵します。背の高い草が密集している場所では産卵が苦手です。大量に産卵するには、草原や河原などの砂地が必要です。そのため、蝗害は草原と耕作地が隣接している場所で発生しやすい傾向があります。また、群れを維持するためには大量の植物が必要であり、日本では発生しにくい要因の一つです。

一般的に、高温・多雨の条件が揃うとバッタが集中して発生し、群生相が生まれることがあります。逆に、干ばつによって河川の底だった砂地が草地となることも、群生相出現の要因となることがあります。

バッタの卵は越冬し、春に孵化します。孵化直後は被害は少ないですが、成長すると毎日体重と同じくらいの量の草を食べると言われています。群れは次世代の群れを生むため、被害は連続することが多いです。

群れの規模

過去には、幅160キロメートル、長さ500キロメートルにも及ぶ巨大な群れが観測されたことがあります。また、1立方メートルあたり17匹、総数500億匹、重さ11万5000トンという規模の群れが報告されたこともあります。これらの群れは広範囲に移動するため、被害地域はさらに拡大します。

世界各地の蝗害の歴史

中国

中国では、古くから蝗害が天災の一つとして認識され、王朝が対策に取り組んできました。殷の時代から記録があり、漢代には20回以上も蝗害が発生した記録があります。宋代には、火を焚いて飛蝗を誘い込む方法が提案され、元代には村単位での管理や予防が義務化されました。明代には対策がまとめられ、清代にも記録が多く残っています。現代でも2005年には海南省で飛蝗が発生し、被害が出ています。

朝鮮

朝鮮でも蝗害は天変地異として扱われ、『三国史記』には多くの記述が見られます。

ヨーロッパ・地中海

旧約聖書には、サバクトビバッタがエジプトを襲う様子が描かれています。また、ギリシャ神話や伝説にも、バッタが神格化された存在として登場しています。キプロスでは、1880年代に1,300トンものサバクトビバッタの卵を破棄した記録があります。

中東・南アジア

1980年代のアフガニスタンでは、モロッコトビバッタが猛威をふるい、深刻な飢餓を引き起こしました。また、2019年にはインドのグジャラート州でバッタが大量発生し、農作物に大きな被害が出ました。

アフリカ

ルワンダでは1907年から、度々蝗害が発生し、綿花などに被害を与えています。1987年には、約3,000kmものトノサマバッタの群れが西アフリカを襲いました。また、2020年には東アフリカでサバクトビバッタが大量発生し、食糧危機になる恐れが出ました。

北アメリカ

1870年代には、ロッキートビバッタがグレートプレーンズを襲い、大きな被害をもたらしました。しかし、1902年頃に絶滅しています。

日本

日本では、イナゴやウンカによる被害を「蝗害」と呼ぶことがありますが、バッタ科のバッタによる蝗害は稀です。しかし、明治時代には北海道でトノサマバッタによる大規模な蝗害が発生し、甚大な被害をもたらしました。近年では、沖縄県や鹿児島県の離島でトノサマバッタの群生相が発生した例があります。

蝗害の対策

蝗害対策は、[国際連合食糧農業機関]が中心となって行っています。特に、アフリカ中部・北部、アラビア半島、中近東、アフガニスタンなどで発生するバッタの対策が重要です。

活動機関

FAOのサバクバッタ情報サービス(DLIS)では、人工衛星のデータなどを利用して、バッタの分布を予測し、情報を発信しています。また、被害が予想される国家に対して、技術支援や資金援助を行っています。

具体的な方法

バッタ対策としては、幼虫の段階での駆除が最も効果的です。FAOは、機械的な除去と農薬による除去を組み合わせて対策を行っています。現在では、超低量散布という技術で、少量の殺虫剤を広範囲に散布する方法が用いられています。また、環境への影響を考慮して、生物農薬の利用も検討されています。

参考文献

前野ウルド浩太郎 (著) 『バッタを倒しにアフリカへ』 光文社新書 2017年
前野ウルド浩太郎 (著) 『孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生』 東海大学出版会 2012年
藤崎憲治、田中誠二編著、『飛ぶ昆虫、飛ばない昆虫の謎』東海大学出版社 2004年

外部リンク

IRIN Locust Swarm 2004 film（英語） : 2004年のアフリカ大陸西部〜北部の蝗害のビデオ
Locust Literature バッタに関する文献登録サイト（英語）
オーストラリア農業漁業林業局 Locusts（英語）
Locust Watch Food and Agriculture Organization of the United Nation 国際連合食糧農業機関の蝗害情報サイト （英語）


蝗害は、歴史的に人類に大きな影響を与えてきた災害です。その発生メカニズムの解明や対策技術の開発は、現代においても重要な課題と言えるでしょう。

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