アエギュプトゥス

アエギュプトゥス：古代エジプトのローマ支配とキリスト教の台頭からイスラム征服まで

アエギュプトゥスは、ローマ帝国におけるエジプト属州の名称であり、現代のエジプトの語源でもあります。シナイ半島を除く、現在のエジプト領とほぼ一致する広大な地域を包含していました。西はキュレナイカ属州、東はアラビア属州と接していました。

ローマ帝国による支配：アウグストゥスから3世紀の危機まで

紀元前30年、アクティウムの海戦でクレオパトラ7世とアントニウスがオクタウィアヌス（後のアウグストゥス帝）に敗北したことにより、エジプトはローマ帝国の支配下に入りました。アウグストゥス帝は、エジプトを皇帝の私領とし、直接統治しました。これは、古代エジプト王であるファラオが神聖視され、ローマ属州における一般的な総督による統治が困難だったためです。アウグストゥス帝は、養父であるカエサル帝の神格化を背景に、自らの統治権を正当化しました。

アエギュプトゥスの初代総督ガイウス・コルネリウス・ガッルスは、エジプト南部の制圧と国境防衛に尽力しました。その後、アエリウス・ガッルスはアラビア・フェリクス遠征を試みましたが失敗に終わります。ペトロニウスは灌漑施設の修復を行い、農業生産の向上に貢献しました。ローマ支配は徐々にエジプト全土に及んでいき、紅海沿岸地域もローマ領となりました。

1世紀にはアレクサンドリアが世界中のユダヤ教文化の中心地となり、エジプトは繁栄を享受しました。しかし、ギリシア人とユダヤ人の間での宗教的摩擦や暴動も頻発しました。トラヤヌス帝の時代にはユダヤ人反乱（キトス戦争）が発生し、アレクサンドリアは制圧され、ユダヤ人の特権は失われました。ハドリアヌス帝はエジプトを訪問し、アンティノオポリスという新都市を建設しました。

マルクス・アウレリウス帝の増税は、エジプト人の反乱（ブコリック戦争）を引き起こしました。この反乱の鎮圧に成功したカッシウスは皇帝を僭称しましたが、アウレリウス帝の軍によって倒されました。同様の反乱は193年にも発生しました。

カラカラ帝は、アントニヌス勅令によってエジプトの自由民にローマ市民権を与えましたが、これは税収増加を目的としたものでした。3世紀には、3世紀の危機と呼ばれる政治・軍事的な混乱が続き、アエギュプトゥスでも多くの反乱や皇帝僭称が起きました。ゼノビア女王率いるパルミラ帝国の一時的支配もありましたが、アウレリアヌス帝によって終焉を迎えています。プロブス帝やドミティアヌスなども、アエギュプトゥスを基盤として帝位を主張しました。ディオクレティアヌス帝は、属州の再編を実施しました。

キリスト教の伝播と東ローマ帝国時代

アエギュプトゥスでは、キリスト教が徐々に広まっていきました。アレクサンドリア教会はマルコによる創設と伝えられていますが、その詳細は不明です。初期のキリスト教はグノーシス主義の影響を受けていた可能性がありますが、後に一般的なキリスト教信仰に変わっていきました。ローマ帝国による迫害もありましたが、キリスト教はアレクサンドリアのユダヤ人社会を中心に広まり、後にギリシア人やエジプト人にも浸透しました。

200年頃にはアレクサンドリアはキリスト教の中心地となり、クレメンスやオリゲネスといった著名な神学者を輩出しました。コンスタンティヌス帝のミラノ勅令（312年）によってキリスト教の迫害は終わり、4世紀にはキリスト教は国教となりました。しかし、異教信仰は完全に根絶されず、一部では5世紀まで存続していました。ユダヤ人の多くはキリスト教に改宗しましたが、改宗しなかったユダヤ人も多く残っていました。

キリスト教の公認は、アリウス派とアタナシオス派の教会分裂（シスマ）を引き起こし、激しい争いが続きました。アタナシオス主教は何度も追放と復職を繰り返しました。グノーシス主義やマニ教などの異端も存在し、修道院生活が盛んになりました。コプト語もこの時代に発展しました。

4世紀以降、ローマ帝国は東西に分裂し、アエギュプトゥスは東ローマ帝国の一部となりました。公用語はギリシア語となり、キリスト教以外の宗教は完全に禁止されました。アレクサンドリアは東ローマ帝国の主要都市として繁栄しましたが、宗教論争や暴動も頻繁に発生しました。415年にはユダヤ人に対する迫害があり、ヒュパティアも殺害されました。単性論・合性論をめぐる論争も、長期間にわたって続きました。

ペルシアとアラブによる征服

7世紀には、東ローマ帝国とサーサーン朝（ペルシア）の戦争が勃発し、アエギュプトゥスは一時的にペルシアに占領されました。しかし、ヘラクレイオス帝の反撃によって東ローマ帝国は領土を取り戻しました。その後、ムスリム軍が639年にエジプトに侵入し、641年にアレクサンドリアを陥落させました。646年にはイスラム軍による支配が確立し、975年にわたるローマ帝国によるエジプト支配は終焉しました。

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