アレクサンデル6世 (ローマ教皇)

アレクサンデル6世：ルネサンスの教皇、その光と影

アレクサンデル6世（1431年1月1日 - 1503年8月18日）は、15世紀末から16世紀初頭にかけてローマ教皇を務めた人物です。本名はロデリク・ランソルですが、母方の伯父であるカリストゥス3世の教皇就任に伴い、母方の姓であるボルハ（ボルジア）を名乗るようになり、ロドリーゴ・ボルジアとして知られています。ルネサンス期の教皇の中でも、特に世俗的な側面が強く、その好色さ、強欲さ、そしてジロラモ・サヴォナローラとの対立は、多くの批判を浴びました。一方で、息子チェーザレ・ボルジアを右腕として一族の繁栄と教皇領の軍事的自立に尽力し、その過程でイタリア半島を戦乱に巻き込んだ人物としても知られています。

教皇就任までの道のり

ロドリーゴは、バレンシアのシャティヴァで生まれ、ボローニャ大学で法学を学びました。伯父カリストゥス3世の引き立てにより、司教、枢機卿、教皇庁財務部副院長と、順調にキャリアを重ねていきます。当時のカトリック教会には、親族を要職に就けるネポティズムが横行しており、ロドリーゴもその恩恵を受けました。彼は5人の教皇に仕える中で、豊富な経験、財力、そして人脈を築き上げていきました。

若い頃のロドリーゴは、それほど派手な生活を送っていたわけではありませんでしたが、当時の高位聖職者と同様に、道徳観は低く、金と女に執着していました。この頃には、既に愛人との間に数人の子供をもうけています。1458年には、その品行の悪さを教皇ピウス2世から叱責されています。

1492年、教皇インノケンティウス8世が死去すると、教皇位を巡って3人の有力候補が争うことになりました。ロドリーゴ・ボルジア枢機卿、アスカニオ・スフォルツァ枢機卿、そしてジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ枢機卿（後の教皇ユリウス2世）です。当初は、イタリア人の支持を集めていたローヴェレが有利と見られていましたが、ロドリーゴはアスカニオ・スフォルツァを含む多くの枢機卿を買収し、教皇位を手に入れることに成功しました。こうしてロドリーゴは、アレクサンデル6世として教皇に即位したのです。このコンクラーヴェにおける贈収賄は広く知られ、彼が三重冠を金で買ったと非難される原因となりました。

教皇としての統治とネポティズム

アレクサンデル6世の治世の初期は、教会法の厳守と円滑な教会統治に力が入れられ、以前の教皇たちの治世とは対照的でした。財政難を立て直すために支出を削減し、率先して質素な生活を送ることで、財政状況は改善されました。しかし、結局のところ、彼もまたネポティズムを改めることはありませんでした。愛人ヴァノッツァ・カタネイとの間に生まれた息子チェーザレは、まだ16歳であったにもかかわらず、バレンシアの大司教に任命されました。また、従兄弟のジョバンニも枢機卿に任命されるなど、ボルジア家だけで5人の枢機卿が誕生し、多くの知人友人も取り立てられました。これは外国出身でイタリアに基盤を持っていなかったという事情も影響しています。

さらに、教皇は2人の息子、ホアン（第2代ガンディア公）とホフレのために、教皇領とナポリ王国の一部を割譲しようとしました。これらの領土を巡り、教皇はナポリ王フェルディナンド1世と激しく対立し、ミラノのスフォルツァ家と結んで対抗します。この対立により、かつてのライバルであったローヴェレ枢機卿（後のユリウス2世）は、教皇に反発し、フェルディナンド1世の支援を受けて身を隠します。教皇はこれに対抗して、1493年に反ナポリ王国同盟を結成し、開戦準備を始めました。

フランス軍の侵攻と教皇の苦難

教皇は、自身の地位を確固たるものにするために、あらゆる同盟を結びました。しかし、孤立を恐れるあまり、フランス王シャルル8世に助けを求めたことが、その後のイタリアを混乱へと導きます。ナポリ王フェルディナンド1世が、孫娘をミラノ公ジャン・ガレアッツォに娶わせると、シャルル8世をそそのかしてナポリ王国を狙わせたのです。教皇は自らの地位を脅かすナポリ王国の弱体化を狙いながらも、スペインの干渉を受け、ナポリ王国と和平協定を結ぶなど、二重外交を展開しました。

1494年、フランス王シャルル8世がナポリ王位継承を主張し、フランス軍がイタリアへ侵攻を開始しました。教皇はナポリ王国と手を組みますが、フランス軍の進撃は止まらず、ローマは危機に晒されます。教皇はアスカニオ・スフォルツァやオスマン帝国にまで助けを求めましたが、打開策は見つかりません。最終的に、教皇はシャルル8世と和解し、息子のチェーザレを人質として差し出すなどの条件を受け入れました。

フランス軍の撤退と教皇の権力回復

フランス軍のイタリア侵攻を危険視した諸侯は、教皇を中心に結束し、1495年に神聖ローマ帝国、ヴェネツィア、ミラノ、スペインと同盟を結び、フランスを包囲します。シャルル8世はナポリ王として戴冠しますが、すぐにフランス軍を撤退させます。このフランス軍の侵入は、イタリアが外敵に対して如何にもろいかを露呈しました。

アレクサンデル6世はフランスを追い出すことに成功したことで、オルシーニ家に対して優位に立ちました。スペイン軍に捕らわれたヴィルジニオ・オルシーニが獄死すると、教皇は直ちにその資産を没収。オルシーニ家は抵抗しますが、教皇はウルビーノ公グイドバルド・ダ・モンテフェルトロとガンディア公を差し向けてこれを殲滅しようとします。しかし、教皇軍は敗北し、ヴェネツィアの仲介で和平協定が結ばれます。その後、ガンディア公ホアンが不可解な死を遂げ、犯人としてチェーザレの名前が浮上しますが、真相は闇に葬られました。

サヴォナローラとの対立

教皇庁で無法が横行する中、ドミニコ会修道士ジロラモ・サヴォナローラは、教皇とボルジア家の不正を批判し、公会議召集を呼びかけました。メディチ家への反発もあり、当初はフィレンツェ市民の支持を得ましたが、サヴォナローラの厳格な政策と教会からの破門により、人心は離れていきます。1498年、サヴォナローラは捕らえられて処刑されました。

この頃、教皇は婚姻外交を強化し、ルクレツィアを政略結婚に利用します。チェーザレはフランスへ赴き、ルイ12世との同盟を成立させ、イタリア半島の僭主を打倒するための援助を取り付けました。フランス軍の支援を得て、チェーザレはロマーニャ地方を次々と制圧し、その活躍はニッコロ・マキャヴェッリからも賞賛されました。

チェーザレの活躍と教皇の晩年

1500年は聖年であり、多くの巡礼者がローマを訪れました。教皇はこの収入を元に軍を編成し、チェーザレを再び北部イタリアへ派遣しました。チェーザレはミラノを再び落とし、その勢力を拡大します。ルクレツィアの夫、ビシェーリエ公が殺害され、その犯人としてチェーザレの名前が再び浮上します。教皇はさらに、スペイン人を多く含む新枢機卿を任命し、資金を集めます。チェーザレと共に、十字軍派遣の名目で中部イタリア平定作戦を企てます。

1501年、チェーザレはロマーニャ公となり、南イタリア攻略を検討。スペインとの間にナポリ王国分割の密約を締結しました。教皇は不在中、娘のルクレツィアを教皇代理としましたが、彼女の明晰さは評判を呼びました。しかし、ナポリ王国を巡るスペインとフランスの争いが激化する中、教皇は優位な方に付こうとしました。また、かつて打倒した君主達が反乱を起こし、教皇軍は敗北します。

アレクサンデル6世の最期

1502年、チェーザレは敵対した君主達を打倒し、その報を受けた教皇はオルシーニ枢機卿を獄死させました。直ちにオルシーニの資産は没収され、ボルジア家の支配は確固たるものになります。しかし、チェーザレはローマ市民の口封じを図り、教皇もそれを黙認したため、市民の支持は次第に離れていきました。死去した枢機卿や政敵の財産没収が頻繁に行われたため、財産目当ての暗殺が行われているという噂も流れました。

1503年、教皇とチェーザレは共に熱病に倒れます。同年8月18日、アレクサンデル6世は死去しました。その遺体は膨れ上がっており、毒殺の噂が広まりました。教皇の葬儀は混乱を極め、その最期は悲惨なものでした。

アレクサンデル6世の死後と評価

アレクサンデル6世の死後、ピウス3世が次の教皇に選出されるもすぐに死去し、ローヴェレが教皇ユリウス2世に選出されます。病床にあったチェーザレはユリウス2世に逮捕され、その後戦死しました。ルクレツィアはフェラーラ公妃として1519年まで生きました。

アレクサンデル6世は、その生涯を通じて様々な評価を受けています。史上最悪の教皇、カトリック教会の権威を失墜させた張本人という評価から、バランスのとれた政治家という評価まで様々です。生前から誹謗中傷にさらされ、その悪名は後世まで伝えられました。しかし、近現代の史家の中には、彼がフランスやスペインといった大国の浸食の危機を乗り切り、教皇領の政治的統一の先鞭をつけたという側面を評価する声もあります。

アレクサンデル6世は、宗教改革への流れを早めはしましたが、カトリックの秩序維持に腐心し、ヨーロッパ以外の地域への布教にも関心を持っていました。また、ルネサンス教皇らしく多くの芸術家のパトロンであり、ドナト・ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロなどの芸術家を支援しました。

アレクサンデル6世は、ルネサンス期の教皇の中でも特異な存在であり、その毀誉褒貶は、後世においても語り継がれることでしょう。

アレクサンデル6世の子女

アレクサンデル6世には、多くの庶子がいました。ヴァノッツァ・カタネイとの間には、チェーザレ、ホアン、ルクレツィア、ホフレの4人の子供がいます。また、ジュリア・ファルネーゼとの間にも、ラウラ・オルシーニという子供がいたとされています。これらの子供たちは、アレクサンデル6世の政治戦略において重要な役割を果たしました。

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