イキレス氏 (カイシャン妃)

イキレス氏：皇位継承の陰で生きた女性

イキレス氏（生没年不詳）は、モンゴル帝国の第7代皇帝クルク・カアン（武宗カイシャン）の妃の一人です。彼女自身に関する記録は少なく、イキレス部出身の女性であったということのみが知られています。

生涯

イキレス氏は元来、地位の高い妃ではありませんでした。しかし、彼女の息子であるコシラがカアン位に即位したことにより、仁献章聖皇后として追諡されることになります。

『元史』によると、イキレス氏はネウリン公主の娘として生まれました。カイシャンにはジンゲという正妃がいましたが、息子を儲けることができませんでした。カイシャンには、イキレス氏が生んだコシラと、タングート氏が生んだトク・テムルの二人の息子がいました。

カイシャンがカアンに即位した際、弟のアユルバルワダとの間で、アユルバルワダを皇太子とする代わりに、アユルバルワダの後はカイシャンの息子を皇太子にするという約束が交わされました。しかし、この約束はカイシャンとアユルバルワダの母であるダギによって反故にされます。ダギはコンギラト部出身であり、非コンギラト部出身の女性を母とする人物がカアンになることを認めませんでした。そのため、アユルバルワダの皇太子には、アユルバルワダとコンギラト部出身の妃ラトナシリの間に生まれたシデバラが選ばれました。

さらに、ダギは自身の計画の邪魔になるコシラを暗殺しようと試みますが、コシラは間一髪で難を逃れ、チャガタイ・ウルスに亡命しました。イェスン・テムル・カアンの死後、天暦の内乱が勃発すると、コシラはこれを好機と見てチャガタイ・ウルスの協力を得て大元ウルスに帰還し、1329年にクトクト・カアンとして即位しました。

同年、イキレス氏は仁献章聖皇后に追諡されますが、コシラは即位直後にエル・テムルらによって暗殺されてしまいます。その後、エル・テムルの後ろ盾の下、コシラの異母弟であるトク・テムルが即位しました。

イキレス氏は、皇位継承をめぐる権力闘争の中で、翻弄された女性の一人と言えるでしょう。彼女の生涯は、モンゴル帝国の激動の時代を映し出しています。

参考文献

* 杉山正明「大元ウルスの三大王国 : カイシャンの奪権とその前後(上)」『京都大學文學部研究紀要』第34巻、京都大學文學部、1995年3月、92-150頁

もう一度検索