イホスファミド

イホスファミド（Ifosfamide）

イホスファミドは、がん治療に用いられる重要な薬剤の一つです。特にナイトロジェンマスタードと呼ばれるグループに属するアルキル化剤として分類されます。イホマイドという商品名で広く知られ、略称としてはIFOやIFMが用いられることもあります。この薬剤は、世界保健機関（WHO）が定める必須医薬品リストにも掲載されており、国際的にもその重要性が認められています。

作用機序

イホスファミド自体は不活性ですが、体内で代謝されることで活性型となり、効果を発揮します。その主な作用は、がん細胞のDNAに直接働きかけることにあります。具体的には、DNAを構成するグアニン塩基にアルキル基を結合させる（アルキル化）ことで、DNAの二重らせん間に異常な結合を作ったり、本来形成されるべきでない塩基対を形成させたりします。これにより、がん細胞が増殖するために必要なDNAの複製や、遺伝情報をRNAに転写するプロセスが阻害され、細胞の増殖を抑え、最終的にがん細胞を死滅に導きます。

適応疾患

日本国内では、肺の小細胞がん、前立腺がん、子宮頸がん、骨肉腫といった固形がんのほか、再発または治療が困難な胚細胞性腫瘍（精巣腫瘍、卵巣腫瘍など）や悪性リンパ腫に対して単独または他の薬剤と組み合わせて使用が承認されています。さらに、悪性骨・軟部組織腫瘍や小児期に発生する悪性固形腫瘍（ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、神経芽腫、腎芽腫など）に対しては、他の抗がん剤との併用療法の一部として重要な役割を果たしています。海外では、これらの疾患に加えて乳がんへの使用例も見られます。

使用上の注意・禁忌

イホスファミドの使用にあたっては、いくつかの重要な注意点があります。特に、他の薬剤であるペントスタチンとの併用は、心臓への深刻な毒性を引き起こし、死亡例も報告されているため、絶対的に避ける必要があります。また、腎臓や膀胱に既に重度の障害がある患者さんでは、腎機能のさらなる悪化や出血性の膀胱炎が悪化するリスクが非常に高いため、この薬剤の投与は禁忌とされています。

副作用

イホスファミドは、その強力な抗腫瘍効果の反面、様々な副作用を引き起こす可能性があります。特に頻度が高い（5%以上）ものとして、骨髄抑制（血液を作る機能の低下）、出血性膀胱炎、排尿に関する障害が挙げられます。その他、全身的なものとして、吐き気や嘔吐、食欲不振、脱毛、全身倦怠感などが5%以上の患者さんに認められます。

出血性膀胱炎とその対策

重篤な副作用の中でも特に出血性膀胱炎は、薬剤が尿中に排泄される際に膀胱粘膜を刺激することで生じます。これを予防するためには、薬剤の解毒剤であるメスナ（2-メルカプトエタンスルホン酸ナトリウム）を同時に投与することが一般的です。また、尿量を十分に確保し、尿をアルカリ性に保つ対策も行われます。これらの予防策により、出血性膀胱炎の発症はかなり抑えられています。

脳症

出血性膀胱炎が管理可能になった後、イホスファミド投与において特に問題となりうるのが、中枢神経系に対する副作用、特に脳症です。これは、イホスファミドの代謝産物であるクロロアセトアルデヒドが原因と考えられています。発生頻度は投与方法にもよりますが、10%から30%と比較的高いことが知られています。脳症の症状は多岐にわたり、軽い集中力の低下や倦怠感から、せん妄、精神症状、さらには重度の昏睡や非痙攣性のてんかん重積状態に至ることもあります。小児患者では、神経系の正常な発達に影響を与える可能性も指摘されています。中枢神経症状のほか、末梢神経にも影響が出ることがあります。血中のアルブミン濃度が低い場合や、特定の中枢神経症状が見られる場合に脳症が強く疑われます。多くの場合、脳症の症状は薬剤投与終了後72時間以内に自然に回復しますが、点滴中に症状が現れた場合は投与を中断すべきです。重度の脳症に対しては、メチルチオニニウム（メチレンブルー）の静脈内投与が症状の持続時間を短縮させる効果があるとされていますが、その正確な機序はまだ完全には解明されていません。高用量でイホスファミドを投与する際には、メチルチオニニウムを予防的に使用することもあります。その他、アルブミンやチアミン、デクスメデトミジンなどが脳症の管理に用いられることもあります。緊急時で代謝産物も含めて薬剤を体外へ除去する必要がある場合は、血液透析が行われることもあります。

その他の重篤な副作用

重篤なものとして、ファンコーニ症候群を含む急性腎不全（腎臓の尿細管機能障害）が報告されています。また、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群（SIADH）のように、体内の水分・電解質のバランスを崩す可能性もあります。肺に関連する副作用として、間質性肺炎や肺水腫、心臓に関連するものとして心筋障害や不整脈、消化器系では急性膵炎なども稀ながら報告されています。腎臓への影響として、非アニオンギャップ性の代謝性アシドーシス、特に尿細管機能障害に起因するアシドーシスを引き起こす可能性も指摘されています。

まとめ

イホスファミドは、様々ながんに対して有効な治療薬ですが、その使用にあたっては、重篤な副作用、特に骨髄抑制、出血性膀胱炎、そして中枢神経系への影響（脳症）に十分な注意が必要です。これらの副作用を適切に管理し、患者さんの状態を慎重にモニタリングしながら治療を進めることが極めて重要です。

この記述は、提供された情報に基づいて一般的な知識としてまとめたものであり、医学的な助言を目的としたものではありません。個別の治療に関する判断は、必ず専門の医師にご相談ください。*

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