イワシクジラ

イワシクジラ（鰯鯨）

イワシクジラ（Balaenoptera borealis）は、クジラ目ナガスクジラ科に属する大型のヒゲクジラです。その名の通り、イワシを主食とすることから名付けられたとする説があります。

分類

2023年現在、イワシクジラは北半球種（B. b. borealis）と南半球種（B. b. schlegelii）の2種に分類されています。過去には、ニタリクジラやカツオクジラ、ミンククジラなどと混同されることがありました。ニタリクジラが日本近海に分布することが明確になったのは1950年代のことです。

分布

イワシクジラは、インド洋南部、北大西洋・南大西洋、北太平洋・南太平洋などの広い範囲に分布しています。一般的に沖合を好むため、沿岸部にはあまり近づきませんが、オホーツク海、日本海、地中海などでも散発的に確認されています。フォークランド諸島では浅い沿岸部でもよく見られ、マゼラン海峡やビーグル海峡のような細長い海峡を利用することもあります。

2021年にはフォークランド諸島が世界初のイワシクジラのホットスポットに認定されました。また、商業捕鯨の終了に伴い、2020年代にはアルゼンチンの沿岸部にも約100年ぶりに安定した回帰が確認されています。サンホルヘ湾には、陸に近い浅い海域に採餌場が形成され始めています。

チリのアイセン・デル・ヘネラル・カルロス・イバニェス・デル・カンポ州のペナス湾では、2015年に多数のイワシクジラの死骸が発見され、史上最悪の大型鯨類の大量死として記録されました。ペナス湾は人間が滅多に近づかない僻地であるため、大量死の発見が遅れましたが、同時に、絶滅寸前のミナミセミクジラの個体群が重点的に利用していることも判明し、人間の少なさ故に大型鯨類の生息地として適していると考えられています。

形態

イワシクジラは、ナガスクジラ科の中ではシロナガスクジラ、ピグミーシロナガスクジラ、ナガスクジラに次いで大型で、最大で体長19.5メートルに達します。体重は最大で28トンほどで、ザトウクジラよりも軽い傾向があります。生まれたばかりの幼獣は、全長400〜450センチメートルほどです。

他のヒゲクジラ類と同様に、メスの方がオスよりもわずかに大きく、南半球の個体の方が大きくなる傾向があります。体形は細長く、上顎の先端から鼻孔にかけて1本の筋状の盛り上がり（キール）があります。喉から腹部にかけて32〜60本の畝があり、畝はへそには達しません。下顎から腹部中央部の畝は白いですが、谷は黒いです。背面の色彩は暗青色、腹面の色彩は淡青色をしています。

上顎には左右にそれぞれ320〜400枚のクジラヒゲがあり、最長80センチメートルに達します。ヒゲには白く細い毛が密生しており、色彩は黒いですが、吻端部には白いものもあります。背鰭は他のナガスクジラ科のクジラよりも前方にあり、三日月型で直立しています。

生態

イワシクジラは、亜熱帯から亜寒帯の海洋に生息しています。食性は動物食で、甲殻類や魚類などを食べます。群れている獲物を、口を大きく開けて海水ごと取り込み、ヒゲで獲物だけを濾しとって食べるか、水面で口を開けながら泳ぎ、獲物を濾し取りつつある程度の量が溜まってから一気に飲み込む「スキム・フィーディング（漉し取り摂餌）」と呼ばれる採餌方法（濾過摂食）を取ります。これはナガスクジラ科では珍しい事例です。採餌方法の関係上、セミクジラ属と共通点が多く、採餌の場を共にする事もありますが、競合的な行動は見られません。

繁殖形態は胎生で、冬季に交尾し、妊娠期間は約11か月です。2〜3年に1回、1頭の幼獣を産みます。授乳期間は約6か月で、生後2〜3年で性成熟します。寿命は最長で74年です。

沖合性が強いため、ホエールウォッチングの対象となることは少ないですが、アゾレス諸島などの一部の海域では観察されることがあります。ブリーチングなどの活発な行動を見せることも非常に稀ですが、リラックスしている時は船やヨットに積極的に接近・遊泳することもあります。

発声に関しては、本種を含むザトウクジラ以外のナガスクジラ科は100ヘルツ以下の音域で鳴きます。これは他のヒゲクジラ類の1500ヘルツ以上の音域とは明確に異なります。イワシクジラはシャチに襲撃された際に戦って抵抗するのではなく逃走する傾向が強く、この発声音域の差異もシャチへの対策の違いとして生まれた可能性があります。また、少なくともイワシクジラ、ザトウクジラ、ミンククジラは無呼吸下での発声が可能とされています。

推定生息数

2006年時点でのイワシクジラの生息数は約54,000頭と推定されており、これは商業捕鯨以前の時代の約5分の1に過ぎません。1991年の北大西洋での調査では約4000頭と報告されましたが、この時の調査方式はCPEU（catch per unit effort）と呼ばれるもので、その精度には疑問が呈されています。

人間との関係

他の鯨類と同様に、イワシクジラは商業捕鯨、密猟、混獲、船舶との衝突、環境汚染などの脅威に晒されています。保護対象であるはずの南半球のイワシクジラの肉が、シロナガスクジラなどの他の保護対象種と共に日本の市場から発見されたこともあります。

イワシクジラは泳ぎが速く、沖合を好むため、ホエールウォッチングの主要な観察対象となることは少ないですが、アゾレス諸島やガラパゴス諸島、チリの沿岸部などでは比較的観察頻度が高いです。

イワシクジラは「ボン条約」の保護対象種に指定されていますが、日本は2019年に商業捕鯨を再開し、イワシクジラも捕獲対象となっています。水産庁は年間捕獲枠を25頭と設定していますが、日本による操業によって5つの個体群が悪影響を受ける可能性が指摘されており、その中には絶滅危惧の個体群も含まれています。

捕鯨

20世紀までの乱獲と大規模な規約違反、密猟によって、イワシクジラの保全は阻害されました。19世紀の爆発性銛や蒸気力ボートの開発により、商業捕鯨の数は激増しました。イワシクジラは素早く逃げるのが得意であったため、他の大型鯨と比較して捕獲対象とはなりませんでしたが、他の鯨の頭数が減少するにつれて、1950年代から1970年代にかけて捕鯨対象の主流となりました。

日本は2019年7月に商業捕鯨を再開し、イワシクジラを捕獲対象としています。しかし、日本による操業によって絶滅危惧の個体群を含む、５つの個体群が悪影響を受ける可能性が指摘されています。

保護運動

1976年に北太平洋での商業捕鯨から全面的に保護されることとなり、また1977年、北大西洋でも割当量が導入されます。また、1979年以降、南半球でも捕鯨が禁止される。1981年には、いくつかの鯨の種族が世界規模で絶滅の危機に陥っているという多くの証拠が報告されるようになり、IWCは商業捕鯨の一時的禁止を提案します。これにより合法的なイワシクジラの商業捕鯨が全面的に禁止されることとなりました。

2000年には、IUCNレッドリストに絶滅危惧種として分類されています。

捕鯨維持的見地

商業捕鯨の一時停止以降も、IWCの科学調査を目的とするアイスランドや日本の捕鯨船によりいくらかのイワシクジラは捕獲され続けました。

関連項目

ナガスクジラ科

参考文献

大隅清治監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科2 海生哺乳類』、平凡社、1986年、70-73頁。
小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『レッド・データ・アニマルズ8 太平洋、インド洋』、講談社、2001年、16、166頁。
『小学館の図鑑NEO 動物』、小学館、2002年、110頁。
マーク・カーワディーン『完璧版 クジラとイルカの図鑑』マーティン・カム、日本ヴォーグ社〈自然環境ハンドブック〉、1996年、60 - 63頁頁。ISBN 4-529-02692-2。

外部リンク

CITES homepage
Appendices I, II and III
IUCN 2008 Red List - Home Page -
Reilly, S.B., Bannister, J.L., Best, P.B., Brown, M., Brownell Jr., R.L., Butterworth, D.S., Clapham, P.J., Cooke, J., Donovan, G.P., Urbán, J. & Zerbini, A.N. 2008. Balaenoptera borealis. In: IUCN 2008. 2008 IUCN Red List of Threatened Species.*

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