エセク

エセク（賢義王太平）：15世紀前半、オイラト部族連合の重要人物

エセク（? - 1424年）は、15世紀前半に活躍したドルベン・オイラト（オイラト部族連合）の首長の一人であり、明朝の史書では賢義王太平と記されています。彼の生涯は、当時のモンゴル高原における複雑な政治情勢と深く関わっています。

生い立ちと初期の活動

『シラ・トージ』によれば、エセクは「オイラトのケレヌート」のオゲチ・ハシハの息子として生まれました。彼はチョロースのバトラ丞相を殺害し、その妻サムル公主を奪ったとされています。

『蒙古源流』では、ダルバク・ハーンの死後に「エセク・ハーン」として即位したと記録されていますが、これはサガン・セチェンの誤りであると考えられています。実際には、ダルバク・ハーンの死後、オイラダイ・ハーンが即位しました。

賢義王太平としての活動

明朝の史料には、「賢義王太平」と呼ばれるオイラト部族連合の首長が登場します。「太平」はモンゴル語で「エセク」を意味するため、エセクと賢義王太平は同一人物であると考えられています。

史書への登場

1388年にイェスデル（ジョリクト・ハーン）を推戴して結成されたドルベン・オイラトは、複数の遊牧部族の連合体であり、特にオゲチ・ハシハ率いるケレヌートとゴーハイ太尉率いるチョロースが有力でした。オゲチ・ハシハは1399年にエルベク・ハーンを殺害し、クン・テムル・ハーンを擁立するなど、オイラト内で最も有力になりました。しかし1402年には、ゴーハイ太尉の息子のバトラ丞相によってクン・テムル・ハーンとオゲチ・ハシハは殺害され、オイラト内の対立は深刻化しました。

エセク（太平）が明朝の史料に初めて登場するのは、永楽帝が即位した直後のことです。永楽元年（1403年）、永楽帝はマフムード、タイピン、バト・ボラドという3人のオイラトの首長に使者を派遣しました。マフムードはチョロースの支配者バトラ丞相、タイピンはケレヌートの支配者エセク、バト・ボラドはホイトの支配者にそれぞれ相当します。

永楽帝との協力体制

永楽5年（1407年）、モンゴル高原ではティムール朝に亡命していたオルジェイ・テムルが帰還し、アルクタイらがオルク・テムル・ハーンを廃位してオルジェイ・テムルを擁立するという事件が起こりました。永楽帝は、モンゴル高原の混乱を見て、再びマフムード、タイピン、バト・ボラドの3名に使者を派遣し、明朝への帰順を呼びかけました。

永楽7年（1409年）、オルジェイ・テムルを擁立して勢力を拡大するモンゴル（韃靼）に対抗するため、永楽帝は丘福率いる遠征軍を派遣する一方、モンゴルと対立するオイラトの首長を冊封し、マフムードに順寧王位を、タイピンに賢義王位を、バト・ボラドに安楽王位を授与し、友好関係を築こうとしました。丘福率いる遠征軍がオルジェイ・テムル率いるモンゴル軍によって大敗を喫すると、永楽帝は自ら軍を率いてのモンゴル親征を決断し、タイピンらオイラトの首長も永楽帝の親征に協力しました。

永楽帝の攻撃を受けてオルジェイ・テムル率いるモンゴル軍は弱体化し、永楽10年（1412年）にオイラト軍はオルジェイ・テムルを殺害し、大元ウルスの伝国璽を奪取することに成功しました。マフムード、タイピンらは伝国璽を献上することで明朝からの更なる支援を要請しましたが、永楽帝はこれを拒否しました。これ以後、ダルバク・ハーンを擁立したオイラトは勢力を拡大し、逆に明朝との関係は急速に悪化しました。

永楽12年（1414年）、再び自ら軍を率いてモンゴル高原にやってきた永楽帝は、ダルバク・ハーン、マフムード、タイピン、バト・ボラドらの率いるオイラト軍をウラーン・ホシューンの戦いで打ち破りました。タイピンらは単身逃れざるを得なくなり、永楽13年（1415年）、謝罪の意を伝える使者を明朝に派遣し、関係改善に努めました。

タイピンの奪権と晩年

オイラト連合軍がウラーン・ホシューンで明軍に敗れて程なくして、マフムードが亡くなりました。タイピンはダルバク・ハーンに代わってオイラダイ・ハーンを擁立することでオイラト部族連合を統轄する地位に立ち、オゲチ・ハシハ以来久方ぶりにケレヌート集団がオイラトの支配集団となりました。タイピンは明朝との宥和政策に転換したため、明朝の人々はマフムードに比べタイピンらを扱いやすいと考えていました。

永楽16年（1418年）、タイピン、バト・ボラド、トゴンが共同で明朝に使者を派遣し、トゴンは父の「順寧王」位を承襲することが認められました。永楽17年（1419年）には、明朝から派遣された使者が帰る際、タイピンは自らの息子のネレグに道中を護衛させたため、永楽帝はタイピン・ネレグ父子を嘉し、恩賞を与えました。

しかし、明軍との戦いで弱体化したオイラト軍はアルクタイ率いるモンゴル軍との戦いでは劣勢に立たされ、同1419年にはタイピン率いるオイラト軍がアルクタイ率いるモンゴル軍に大敗を喫しています。アルクタイの勢力拡大を警戒する永楽帝は、タイピンらと使者をやり取りし、友好関係を保つよう努めました。

同1421年、タイピンはチャガタイ王家のメンリ・テムルが治めるハミル国へと侵攻しましたが、モグーリスタン・ハン国のヴァイス・ハーンとの闘いで決着がつかず、ハミル侵攻を諦めました。

永楽22年（1424年）初頭には、再びタイピンらが共同で明朝に使者を派遣しましたが、同年中にトゴンの奇襲を受けて殺害され、タイピンが率いていた遊牧集団は潰散しました。タイピンの地位は息子のネレグが継ぎましたが、父のように勢力を復興させることはできず、やがてトゴン、エセン父子がオイラト部族連合内で絶対的な権力を確立していくこととなります。

子孫

エセクの後を継いだのは息子のネレグであり、明朝は1419年からその存在を把握していました。洪熙元年（1425年）には、トゴン、エンケといった他のオイラトの首長とともに使者を派遣しており、宣徳元年（1426年）には父の王爵（賢義王位）を承襲することを明朝に認められています。

オイラト部族連合を構成する部族の一つ、トルグート部の王家にはkayiwangという名前の人物が記されていますが、これは賢義王太平ken-i-ongが転訛したものと見られています。そのため、オゲチ・ハシハ - エセク - ネレグの三代がトルグート部王家の祖になったと考えられています。

もう一度検索