エゾマツ

エゾマツ（蝦夷松）

エゾマツは、マツ科トウヒ属に分類される、一年を通じて葉を茂らせる針葉樹の高木です。学名は Picea jezoensis var. jesoensis といい、日本の北海道を中心に、北東アジアの広い範囲に自生しています。近縁種であるアカエゾマツを含めて「エゾマツ」と総称されることも多く、その際には区別して「クロエゾマツ」と呼ばれることもあります。また、本州中部の高山に生育するトウヒ（Picea jezoensis var. hondoensis）は、エゾマツの変種とされています。

分布と生育環境

エゾマツの主な分布域は、千島列島、樺太、北海道（渡島半島を除く）、中国東北部、シベリア東部、カムチャツカなどです。特に北海道では、トドマツとともに針葉樹林の主要な構成樹種となっており、道が指定する「北海道の木」にも選ばれています。しばしば、トドマツと合わせて「エゾ・トド」と略称されるほど、地域に根ざした樹木です。天然では、広葉樹やトドマツといった他の針葉樹と入り混じって生育することが多いですが、木材資源としても重要視され、人の手による植林も行われています。

形態的特徴

エゾマツは非常に大きく育つ樹木で、成熟すると樹高は40メートル、幹の直径は1メートルを超える個体も見られます。樹皮は黒褐色をしており、厚みがあって、うろこ状に深く割れるのが特徴です。その年に伸びた若い枝（当年枝）の表面は滑らかで、やや淡い色合いをしています。葉は平たい形で先端が尖っており、長さは1〜2センチメートル程度です。枝にらせん状について互い違いに並び、葉の裏側は白っぽく見えます。花期は5月から6月にかけてで、果実（球果）は9月から10月に熟します。球果は最初は上向きについていますが、成熟するにつれて下を向き、淡黄色から黄褐色へと色が変わります。

生態と繁殖

エゾマツは、水分を比較的多く含んだ粘土質の土壌（粘質壌土）に適応します。根は地中深くまで伸びず、比較的浅い部分に広がります（浅根性）。伐採などによる萌芽力（切り株から新しい芽を出す力）は弱い樹種です。エゾマツの興味深い繁殖方法の一つに「倒木更新」があります。これは、倒れた親木の幹の上で新しい苗が育つ現象です。エゾマツの種子は地面に落ちて発芽することもありますが、土の中にいる菌類による病気で多くの苗が枯れてしまいます。しかし、倒木の上、特にコケなどが生えた場所で発芽した苗は、倒木上のコケの中で根をしっかりと伸ばし、やがて倒木を跨ぐようにして地面に根を下ろします。これにより、乾燥や病気から守られ、勢いよく成長することができます。

一方で、エゾマツは晩春の遅霜に弱く、エゾマツカサアブラムシという害虫による被害も受けやすい性質があります。このため、大規模な人工的な苗木の育成や造林は難しく、あまり積極的に行われていません。天然林においても、老齢化が進み過熟期に入ると、一本ずつ大きな木が枯れていく様子が見られます。

利用

エゾマツはその美しい姿から、庭木として、特に洋風の庭園や公園の木として植えられたり、強い風を防ぐための防風林として活用されたりします。また、独特の樹形を楽しむ盆栽の素材としても人気があります。

材木としては非常に優秀です。エゾマツ材は全体に淡い黄色をしており、中心部分（心材）にも着色がありません。材の中に稀に見られる白い斑点は、数百年の時間をかけて腐朽菌が作用した結果できたもので、装飾材としてユニークな価値を持ちます。木目がまっすぐに通っていて見た目が美しく、強度も適度にあるため、建築物の構造材や内装材、船の材料などに広く利用されています。また、繊維が長く丈夫であるため、製紙用の原料（パルプ材）としても非常に適しています。

加工も比較的容易であることから、家具や箱の材料、楽器（ヴァイオリンやハープの響板など）のほか、経木（食品包装などに使われる薄い板）、マッチの軸、割り箸、さらには碁盤など、非常に多岐にわたる用途で私たちの生活を支えています。

栽培の現状

上述のように、エゾマツの苗木を人工的に大量生産することは容易ではありません。特に苗木の頃にエゾマツカサアブラムシがつきやすく、新芽が異常に膨らんで松かさのような形になってしまう被害が頻繁に発生します。そのため、造林には天然林で倒木更新によって育った苗木が活用されることが多いです。山林内で自然に発生した多数の苗の中から、ある程度大きくなったものを人の手で選んで間引きし、日当たりが良い場所など、より成長に適した環境に移し替えて育てます。このようにして移植された苗は「山引き苗」と呼ばれます。北海道の支笏湖周辺の山中には、この山引き苗を集めて植えられたエゾマツの林を見ることができます。

文化的な側面

エゾマツの花言葉は「ご機嫌よう」とされています。北海道では、エゾマツが「北海道の木」に指定されており、この指定にはアカエゾマツも含まれるという但し書きがつけられています。これは、アカエゾマツがエゾマツと同じトウヒ属で、植物学的に非常に近い関係にあるためです。

エゾマツ、あるいはアカエゾマツをシンボルツリーとして指定している北海道内の自治体は多く、これは地域にとってエゾマツがいかに身近で重要な存在であるかを示しています。北海道の木として挙げられています。これに加え、士別市（アカエゾマツ）、美深町、津別町、利尻富士町、浜頓別町、置戸町、中頓別町、上川町、足寄町、上富良野町、幌延町、むかわ町（アカエゾマツ）などの町、音威子府村などがこの木を象徴としています。過去には、歌登町、丸瀬布町、朝日町、留辺蘂町、穂別町といった合併・消滅した自治体でも指定されていました。

分類上の位置づけ

エゾマツ（Picea jezoensis var. jesoensis）は、トウヒ（Picea jezoensis var. hondoensis）を含む複数の変種や品種を持つ種です。これには、葉の色が白いシロエゾマツ（Picea jezoensis var. jesoensis f. takadae）や、尾瀬地域に分布するオゼトウヒ（Picea jezoensis var. hondoensis f. ozeensis）などが知られています。

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