エルカセット

エルカセット (ELCASET)とは

エルカセットは、1970年代にソニー、松下電器産業（現パナソニック）、ティアックの3社が共同で提唱した、オーディオ用カセットテープの規格です。文庫本サイズのカセットシェルに、オープンリールテープと同じ1/4インチ幅のテープを収め、コンパクトカセットの2倍の速度で走行させることで、高音質を実現しようとしました。

開発背景

当時のコンパクトカセットは、主に会話録音を目的とした規格であり、ハイファイオーディオ用途には不十分でした。そのため、各メーカーはより高音質なカセットテープ規格を模索し、その結果としてエルカセットが誕生しました。

「オープンリールの音を、カセットに。」という開発思想のもと、1976年に製品化されましたが、最終的にはコンパクトカセットの音質向上やポータブル機器の普及、オープンリールとの差別化ができなかったことにより、短命に終わりました。

技術的特徴

エルカセットの大きな特徴は、カセットシェルからテープを引き出し、テープガイドやヘッドにローディングするアウターテープガイダンス技術にあります。これにより、コンパクトカセットの課題であった特性の悪化を改善し、テープ面積を拡大することで、音質の向上と経年劣化によるノイズを抑制しました。また、ドルビーBタイプのノイズリダクションが標準搭載され、オープンリール製造のノウハウが活用されました。

カセットシェルには、誤消去防止タブ、リールストッパー、光電センサーによるテープエンド検出穴、テープ種別検出孔、ノイズリダクション検出孔などが設けられ、使いやすさも追求されています。コントロールトラックエリアも設けられ、頭出し機能も開発されましたが、製品化には至りませんでした。

テープローディング機構は、当時のベータマックスやVHSビデオカセットの技術に通じるものがあり、技術的な交流があったことが伺えます。磁性体には、ヘマタイト系酸化鉄やコバルトドープ被着ヘマタイト系酸化鉄が使用されました。

コンパクトカセットと比較して、テープ速度が2倍、トラック幅が約1.6倍に広げられたことで、高域特性が改善され、ダイナミックレンジ65dB以上、S/N比62dB以上という性能を実現しました。

歴史

1970年代中頃、コンパクトカセットが小型録音機器の主流となる中、エルカセットはより高音質を求めるユーザーに向けて開発されました。アイワがマガジン50テープカートリッジを、BASFがバスフユニセットを提唱するなど、高音質カセットへのニーズが高まる中で、ソニー、松下電器、ティアックの3社が共同で規格を策定しました。

1976年にソニーから録音再生装置EL-7とブランクメディアが発売されましたが、1979年には製造が終了しました。現在では新品の入手は不可能となっています。

テープの種類

エルカセットのテープには、コンパクトカセットと同様に、記録時間に応じて「LC-60」のような形式で表記され、30分、60分、90分タイプがありました。テープの仕様に応じて誤消去防止タブが色分けされ、テープの種類を判別できるようになっていました。

TYPE IIIのエルカセットテープは、松下電器のTechnicsブランドからのみ発売され、ソニーからは発売されませんでした。TYPEの表記はコンパクトカセットにも引き継がれましたが、磁性体の種類は異なっていました。テープは全てソニーが生産し、松下電器や日立へOEM供給していました。

発売製品一覧

ソニーからはEL-7、EL-5、EL-4などの据置型デッキ、唯一のポータブル機種であるエルカセットデンスケEL-D8が発売されました。松下電器はTechnicsブランドでRS-7500Uを、ティアックはAL-700を発売しました。日立はソニーEL-7のOEMバージョンであるD-9000を発売しました。海外でもいくつかのメーカーからOEM製品が発売されました。

応用製品

エルカセットは、データレコーダーとしても利用され、多チャンネル化されたELCASET-DR規格が医療機器などに採用されました。この規格では、38cm/sの高速走行も可能でした。

スペック例 (ソニー EL-7)

トラック方式：4トラック2チャンネル
テープスピード：9.5 cm/s
録音バイアス周波数：160 kHz
周波数特性：15～27 kHz（TYPE-II DUADテープ）、15～25 kHz（TYPE-I SLHテープ）
S/N比：59 dB (TYPE-I, DOLBY OFF), 62dB(TYPE-II,DOLBY OFF)
ワウフラッター：0.04% (WRMS)
ひずみ率：0.8% (TYPE-II,DUADテープ)

エルカセットの歴史

年月	内容
---	-------------------
1976.4.12	エルカセットシステム・3社共同発表
1976.6.21	ソニー 据置型エルカセットデッキ EL-7 発売
1976.6.21	ソニー ブランクテープ LC-60SLH、LC-60DUAD 発売
1976.7.21	ソニー 据置型エルカセットデッキ EL-5 発売
1976.9.??	松下電器 据置型エルカセットデッキ Technics RS-7500U 発売
1976.11.21?	ソニー 据置型エルカセットデッキ EL-7B 発売（EL-7のブラックバージョン）
1976.12.1	ティアック 据置型エルカセットデッキ AL-700 発売
1977.6.21	ソニー 据置型エルカセットデッキ EL-4 発売
1977.7.中旬	日立据置型エルカセットデッキ Lo-D D-9000 発売
1977.11.21	ソニー 可搬型エルカセットレコーダー エルカセットデンスケ EL-D8 発売
1979.??.??	ソニー 据置型エルカセットデッキの生産を中止
1980.??.??	ソニー 据置型エルカセットデッキの販売を停止

生産販売台数

1976年6月から1977年5月までの累計生産販売台数は25,000台とされています。内訳は国内11,000台、輸出14,000台（ヨーロッパ6,600台、アメリカ3,200台）でした。

ミュージックテープ

CBS・ソニーから、ストラヴィンスキー、ベートーヴェン、ショパンなどのクラシック音楽や、ビリー・ジョエル、ボズ・スキャッグスなどのポピュラー音楽のエルカセットテープが発売されました。

関連事項

テーペット
レガシーメディア
フェリクロムポジション
ハイポジション
こちら葛飾区亀有公園前派出所 - 第71巻「無加月くんのツキだめし！の巻」に登場

脚注

参考文献：
「日本音響学会誌33巻4号(1977.4) P.212〜P.215 / 「オーディオ用テープレコーディングシステム、エルカセット」（ソニー株式会社技術研究所）」
SONY ES REVIEW 1976年6月
無線と実験（誠文堂新光社） 1976.6 / 1976.7 / 1976.10 / 1977.7
ラジオ技術（現・アイエー出版） 1976.6 / 1976.8 / 1976.12
日経産業新聞（日本経済新聞社）
FMレコパル（小学館）
* オーディオ評論誌 オーディオピープル ((株)日本オーディオ) 1976.9

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