キンメリア人

キンメリア人：黒海北岸の遊牧騎馬民族とその歴史

キンメリア人は、紀元前9世紀頃に現在の南ウクライナ地方を勢力圏とした遊牧騎馬民族です。古代ギリシアの歴史家ヘロドトスやストラボンらの記述に登場し、彼らの居住地は「キンメリア」と呼ばれていました。その後の歴史は、周辺勢力との複雑な関係性と、幾多の戦闘によって彩られています。

スキタイとの衝突とアナトリアへの移動

キンメリア人の歴史において、スキタイとの関係は非常に重要です。スキタイはもともとアジアの遊牧民でしたが、マッサゲタイ（あるいはイッセドネス人）との戦争に敗れ、ヴォルガ川を渡って黒海北岸のキンメリア地方へと移動しました。この移動によって、キンメリア人はスキタイの侵略を受け、激しい戦闘が勃発します。

ヘロドトスによると、キンメリア人は王族を中心とした徹底抗戦派と、逃亡を図る民衆派に分裂しました。しかし、王族は祖国で死ぬことを選択し、全員が自決したと伝えられています。生き残った民衆は、王族を埋葬した後、海岸沿いに逃れ、現在のトルコ北部にあるシノプ半島に定着したとされます。スキタイはキンメリア人を追撃し、カフカス山脈を南下。しかし、道を誤ってメディア地方に侵入するなど、勢力拡大は複雑な展開を見せました。

アナトリアにおけるキンメリア人の活動

シノプ半島に定着したキンメリア人はその後、アナトリアへと進出します。ストラボンによると、紀元前695年にはフリュギア王ミダスを自殺に追い込み、紀元前670年から660年代初めにはリュディア王国の首都サルディスを一時的に占領するなど、アナトリア各地で勢力を振るいました。

アッシリアの史料では、キンメリア人は「ギミッラーヤ」と呼ばれており、ウラルトゥ王国との戦争や、アッシリア王サルゴン2世、エサルハドンとの戦闘が記録されています。サルゴン2世はキンメリア人のアナトリア侵攻に対処しようとしましたが、遠征中に病死しました。その後、エサルハドンがキンメリア人の首長テウシュパを破り、復讐を果たしています。さらに、リュディア王ググ（ヘロドトスのいうギュゲス）もキンメリア人の攻撃を受け、アッシリアに援軍を求めたものの、結局殺害され、その墓までも略奪されました。

キンメリア人の衰退と考古学的知見

紀元前7世紀末頃、キンメリア人はリュディア王アリュアッテスに敗れ、その勢力は急速に衰退しました。考古学的には、南ロシア草原における先スキタイ時代の文化とキンメリア人の関連性が指摘されています。地下横穴墓文化や木槨墓文化、そして先スキタイ時代のチェルノゴロフカ期やノヴォチェルカッスク期といった考古学的発見は、キンメリア人の生活や文化、そしてスキタイとの関係性を解明する上で重要な手がかりとなります。特に、北カフカスや黒海北岸で出土した武器や馬具がアナトリアでも発見されていることは、キンメリア人の移動や交流を示唆する重要な証拠です。

キンメリア人をめぐる文化的作品

キンメリア人は、歴史的事実のみならず、文学や映画などフィクションの世界にも登場しています。詩人アルチュール・ランボーの『地獄の季節』、小説『英雄コナン』シリーズとその映画版『コナン・ザ・グレート』では、キンメリア人が重要な役割を担っています。また、火星にある地形にも「キンメリア人の海」という名称が付けられています。

まとめ

キンメリア人は、黒海北岸からアナトリアへと勢力を拡大し、古代オリエントの歴史に影響を与えた遊牧騎馬民族です。スキタイとの関係やアナトリア諸王国との紛争、そしてその後の衰退という歴史は、歴史書や考古学的知見から徐々に明らかになりつつありますが、未だ解明されていない部分も多く残されています。今後の研究によって、この謎多き民族の全貌がさらに明らかになることが期待されます。

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