コーカン

ミャンマーのシャン州北部、サルウィン川の西岸と中華人民共和国雲南省との国境地帯に広がる地域は、ビルマ語で「コーカン」（ကိုးကန့်）、中国語で「果敢」（Guǒgǎn）と呼ばれ、現在は憲法に基づいた自治区として位置づけられています。この地域は特に漢民族が多く暮らしていることで知られています。

歴史的背景

コーカン地域の主要な住民である、いわゆる「コーカン族」の起源は、約400年前、中国の明朝末期に迫害を受け、雲南省へ逃れてきた漢民族にあるとされています。ただし、この集団には四川省からの移住者も含まれており、また第二次世界大戦後に雲南省から移住してきた中国人も「コーカン族」を自称するケースがあります。

この地における統治の歴史は、明の軍人であった楊高学の子、楊献才が1739年に陳姓の土司（世襲の首長）を補佐する立場から自ら統治を開始し、「興達戸」と称したことに始まります。その後、息子の楊維興が跡を継ぎ「科干山」の長となり領地を拡大。1795年にはその子、楊有根が地域の名称を「果敢」と改めました。1840年には、楊有根の子、楊国華が清朝から世襲の「果敢県令」に任じられ、この楊氏による世襲統治は1959年まで続きました。

近代に入り、この地域は複雑な政治変動に見舞われます。ビルマ共産党の勢力下にあった時期を経て、1989年3月には旧ビルマ共産党東北軍区の彭家声がビルマ民族民主同盟軍（MNDAA）を結成し、同年4月にミャンマー政府との停戦協定を締結しました。これにより、コーカンはその大部分が「ミャンマーシャン州第一特区（コーカン）」として、事実上ミャンマー中央政府から独立した地位を獲得します。

この第一特区は、彭家声を主席とし、ラオカイを政府所在地とする独自の行政組織を有していました。共通語はコーカン語（中国の西南官話に近い方言）です。特区の設立は、軍事政権が反政府活動を行っていた少数民族武装勢力に対し、停戦の見返りとして開発支援と一定の自治を認めるという背景がありました。特区はMNDAAという独自の軍隊も保有していましたが、ミャンマー中央政府からの圧力や攻撃を受け、兵力は縮小していきました。特に2008年憲法に基づく少数民族武装組織の国境警備隊化（BGF化）の試みに対し、MNDAAの大部分は反発。2009年8月には国軍の侵攻を受け、彭家声派は敗走し、第一特区政府は崩壊しました（2009年コーカン軍事衝突）。

近年の状況

2009年の特区政府崩壊後、MNDAA幹部であった白所成が国軍に降伏し、同年8月には「ミャンマーシャン州第一特区臨時行政管理委員会（臨管会）」の長に任命されました。MNDAAの残存兵力の一部は国境警備隊に再編成されました。2011年には2008年憲法に基づきコーカン自治区が設置され、白所成が自治区主席に就任します。その後、一時期は治安が安定し、特に中国からの投資が増加し、国境付近には経済特区も造成されました。

しかし、2015年2月には再びMNDAAが武力侵攻を行い、ラオカイなどの主要都市を一時占拠する事態が発生しました。2021年2月のクーデター後の国家行政評議会は李正福を自治区主席に任命しますが、2023年10月、MNDAAを含む三兄弟同盟が国軍に対して大規模な攻勢を開始した「1027作戦」により状況は再び激変します。この作戦は中国政府が推進するオンライン詐欺撲滅の動きとも関連しているとされ、攻撃を受けた国家行政評議会は李正福主席を解任し、新たな主席を任命しました。最終的に、2024年1月にはMNDAAがラオカイの制圧を宣言。前自治区主席の白所成らが中国側に引き渡されたことで、コーカン自治区政府は事実上瓦解しました。

コーカン自治区は現在、二つの郡区に分けられています。

経済と住民

地域の経済は農業が中心で、水稲、陸稲、トウモロコシのほか、サトウキビ、茶、ゴム、クルミなどの商品作物も栽培されています。畜産業も盛んで、特に黄牛やスイギュウが多く飼育されています。伝統的な農具加工や紡績に加え、化学工業、製薬業、建築材料生産などの工業も見られます。

近年、特に2023年の1027作戦までは、オンラインカジノや詐欺産業が活発に行われており、地域の経済において大きな比重を占めていたとされています。これは、国境警備隊の幹部や自治区の管理委員会関係者が関与していたと指摘されています。

人口は変動があり、2000年には約18万人でしたが、2003年には約14万人に減少しました。これは2003年のケシ栽培全面禁止による経済悪化で、多くの中国人が帰国したことが背景にあると考えられています。住民の大多数は漢民族で、ミャンマーの先住少数民族として「コーカン族」に認定されています。その他、シャン族、パラウン族、ワ族など多様な民族が暮らしています。

国際的な関与

この地域は、中国との関係が深く、経済や住民の移動に影響を与えています。また、ケシ栽培禁止後の貧困対策や生活再建のため、国際連合世界食糧計画（WFP）などの国際機関や、ワールド・ビジョン、CAREなどのNGOが支援活動を行ってきました。日本政府も国際協力機構（JICA）を通じて、麻薬対策や貧困削減、道路整備などのプロジェクトを実施しており、特に道路整備は地域の経済活動（茶の取引など）に貢献しています。

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