ジョホール王国

ジョホール王国：マラッカ王国の後継国家

ジョホール王国（またはジョホール・スルタン国）は、1528年に成立したマレー半島南部に位置する港市国家です。マラッカ王国の後継を自認し、マラッカ海峡の両岸にまたがる広大な海上帝国を築き上げました。この王国は、イスラーム教を奉じ、18世紀前半の政変を経て、王都はリアウ諸島のビンタン島へと移されました。現在では、マレーシアを構成する州の一つであるジョホール州として、世襲制のスルタンによって統治されています。

歴史・沿革

マラッカの陥落

1509年、ポルトガル王国の遠征隊がマラッカに到着し通商を要求しました。当初、マラッカ王国のスルタン、マフムード・シャー1世はポルトガルとの交易を許可しましたが、イスラーム商人の働きかけにより、ポルトガル人を排除しようとしました。これによりポルトガル人約60名が殺害され、ポルトガル艦隊は報復のためマラッカに攻撃を加えました。1511年、ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケは艦隊を率いてマラッカを攻撃し、激戦の末にマラッカは陥落しました。マラッカ王国は、当時、今日のジョホール州、リアウ諸島州、リアウ州に相当する地域を支配しており、マレー半島西海岸からスマトラ島東岸までの広大な範囲に影響力を持っていました。また、マラッカはマレー人の政治文化の中心地であり、マレー人商人は他地域からの商人よりも優遇されていました。

ジョホール王国の成立と三角戦争

マラッカ陥落後、マフムード・シャーは再起を図りますが失敗し、最終的にビンタン島で体勢を立て直しました。1528年、マフムード・シャーの次男アラウッディン・リアヤト・シャーが、ジョホールに移り王国を再建しました。これがジョホール王国の始まりです。ジョホール王国は、マラッカ王国の実質的な後継国家であり、ポルトガルに対抗しました。ポルトガルは、ムラカを城塞都市化し、圧政を行っていたため、イスラーム商人たちはムラカを忌避するようになり、アチェ王国やジャワ島のバンテン王国を利用するようになりました。ムラカとアチェはマラッカ海峡の支配権をめぐり対立し、ポルトガルとジョホールも巻き込んだ三角戦争が勃発しました。アチェ王国はジョホール王国を攻撃し、一時は傀儡の王を立てますが、ジョホールは独立を回復しました。17世紀初頭には、オランダが東南アジアに進出し、ポルトガルに対抗するためにジョホール王国と同盟を結びました。

ジョホール王国の繁栄

ジョホール王国は、マラッカ王国の年代記を編纂し、『スジャヤ・ムラユ』として完成させました。1629年、アチェ海軍がポルトガルとジョホールの連合軍によって壊滅させられると、ジョホールは勢力を回復し、オランダ東インド会社と協力してポルトガル領ムラカを攻撃、1641年にポルトガル勢力を駆逐しました。ジョホールはアチェ王国と和解し、勢力圏を拡大し、バトゥ・サワールに新都を建設しました。17世紀中ごろには、ジョホール王国はオランダやアチェ王国との良好な関係を築き、マラッカ海峡の海上民の支援のもと、全盛期を迎えました。スマトラ島の港市との結びつきを強め、国際貿易の中心地として繁栄しました。オランダはジョホールとの友好関係を重視し、ジョホールの王族に貿易特権を与えました。ジョホールは、スマトラの胡椒や金、マレー半島の錫を交易品として、多くの外国商人たちを惹きつけ、東西の中継貿易港として繁栄しました。

ジャンビとの抗争

ジョホール王国の繁栄の陰で、ジャンビ王国が台頭し、1666年から1679年まで両者は戦争状態に陥りました。1673年には、ジャンビ軍はジョホールの首都バトゥ・サワールを略奪し、王国に大きな損害を与えました。これにより、首都は頻繁に移動せざるを得なくなりました。

ミナンカバウ人・ブギス人のマレー世界への参入

ポルトガル、ジョホール、アチェの三者抗争が終結すると、マラッカ海峡にはミナンカバウ人やブギス人が多数参入するようになりました。ブギス人は高い航海技術と戦闘能力を持ち、傭兵としてジョホール王国の政治にも介入するようになりました。17世紀末葉から18世紀にかけて、ジョホール王国の繁栄は次第に陰りを見せ始めました。

政変とジョホール・リアウ王国

1699年、ジョホール王国のスルタン、マフムード・シャー2世が殺害され、マラッカ王家の王統が絶えました。ブンダハラがアブドゥル・ジャリル4世としてスルタンを宣言しますが、1717年、マフムードの遺児を名乗るラジャ・クチルが現れ、アブドゥル・ジャリルを追放し王を名乗りました。アブドゥル・ジャリルは暗殺され、旧ブンダハラ家を支持するブギス人がアブドゥル・ジャリルの子息ラジャ・スライマンを擁立しました。ラジャ・クチルはシアクに撤退し、ラジャ・スライマンはジョホール王国の新しいスルタンとなり、本拠をビンタン島に移しました。これ以降、ジョホール王国は「ジョホール・リアウ王国」と呼ばれるようになり、王都はビンタン島のタンジュン・ピナンに置かれました。ブギス人は副王の地位を世襲し、王国で重要な役割を担うようになりました。

ブギス人とオランダ勢力の抗争

ブギス人が主導するジョホール・リアウ王国に対し、スルタン・スライマンの女婿であったトルンガヌ王国のスルタン、マンスールは反旗を翻しました。マンスールはオランダにブギス人追放の協力を依頼しましたが、失敗し、ブギス人はリンギに移住させられることになりました。オランダとの戦いでブギス勢は敗れ、オランダを宗主として認めることになりました。ブギス人なしでは、リアウの交易が成り立たない状況となり、マレー人高官たちはブギス人にリアウへの復帰を求めました。スルタン・スライマンの死後、ダエン・カンボジャが幼少のマフムードを王位につけ、王国の実権を握りました。

リアウ王国の繁栄

18世紀中葉、リアウはブギス人の海運活動に支えられ、10万もの人口を抱えて繁栄しました。ブギス人はモルッカ諸島や小スンダ列島でも交易活動に参加し、リアウは東南アジアにおけるイスラームのセンターの一つとして栄えました。

「商業の時代」の終焉とリアウ王国の衰亡

17世紀後半から18世紀前半にかけて、東南アジアの国際貿易に大きな変化が生じ、「商業の時代」は終わりを告げました。交易に依存していたジョホール王国も転換を迫られました。1780年、ヨーロッパで第四次英蘭戦争が起こり、その余波が東南アジアにも及びました。副王ラジャ・ハジは、オランダと対立し、オランダはリアウを占領、ジョホール・リアウ王国はオランダの属国となりました。スルタンは、イラヌン人を使いオランダ人を追放しましたが、対立が激化し、オランダの反撃によりパハンに逃亡しました。リアウは衰退し、王国は分裂の傾向を見せ始めました。1786年、イギリスはペナン島を獲得し、東南アジア進出の拠点としました。

王国の分裂とマレーの植民地化

1804年、スルタン・マフムードと副王ラジャ・アリはリアウに復帰しますが、対立は解消されず、スルタンはリンガ諸島に移りました。1812年、マフムードの死後、王位継承をめぐり、ブギス側とマレー側が対立し、イギリスとオランダが介入しました。イギリスは、ジョホールの対岸にあるシンガポールに上陸し、フサインをジョホール王として即位させ、シンガポールをイギリスの植民地としました。1824年、イギリスとオランダは英蘭協約を結び、マラッカ海峡域における互いの勢力範囲を確定しました。これにより、リアウ・リンガ王国とジョホール王国は分離され、マラッカ王国以来、一体的に形成されてきたマレー世界は分断されることになりました。1826年、イギリスはペナン、ムラカ、シンガポールを「海峡植民地」とし、シンガポールを首都としました。マレー半島には、パハンとジョホールの2王国が残りましたが、植民地支配が強まりました。

近代ジョホール

1862年、アブ・バカールがジョホール王国のスルタンに即位し、近代化を進めました。1884年、ジョホールバルを建設し、1894年には憲法を発布しました。1909年、イギリスはマレー全土への支配権を確立し、ジョホールもイギリスの顧問官が置かれるようになり、独立は名目的なものとなりました。リアウ・リンガ王国は1911年にオランダによって廃絶されました。

現代のジョホール

イギリスの支配下にあってもジョホールは世襲のスルタンが王位を継承しました。第二次世界大戦中は日本、戦後はイギリスの支配下となり、1948年、マラヤ連邦の一部となりました。1957年、マラヤ連邦はイギリスから独立し、1963年、マレーシアとなり、ジョホールは州として現在に至っています。現在、ジョホール州のスルタンは、マレーシア国王候補の資格を持っており、国王選挙権を有しています。また、ジョホールとシンガポール間にはペドラ・ブランカ島をめぐって領土問題がありましたが、国際司法裁判所によってシンガポールの領有権が認められました。

統治形態と君臣関係

ジョホール王国の統治形態は、マラッカ王国のそれを引き継ぎ、スルタンを頂点とし、富裕者の評議会が補佐しました。王国は分権化されており、4つの主要な封土とスルタンの領土から構成されていました。王と臣下（海上民）の関係は、当初は双務的なものでしたが、イスラームの受容によって、王の権威は絶対的なものとなっていきました。

帝国の範囲

ジョホール王国の支配領域は、マレー半島南部、スマトラ島南東部、リアウ諸島とその付属島嶼に及びました。首都は時代により変遷しましたが、現在のジョホール・バルが首都となっています。

歴代スルタン一覧

ジョホール王国の歴代スルタンの一覧です。
（リストは省略）

ジョホール王国の歴史的意義

ジョホール王国は、マラッカ王国の後継として、マレー文化やイスラーム文化の発展に重要な役割を果たしました。

文化的な貢献

『スジャヤ・ムラユ』はマレー語の古典であり、ジョホール王国の世襲の宰相によって編纂されました。ムラカ法典は、シャリーアと慣習法を統合したもので、東南アジアの海域世界での商業規範となりました。マレー語は商業用の共通語として広まり、ジャウィ文字が用いられました。イスラーム教の普及とマレー文化の発展に貢献し、「マレー人」の概念は、出自よりも文化様式に基づいて再定義されるようになりました。

ジョホール王国の歴史は、東南アジアの歴史における重要な一章であり、その遺産は現代のマレーシアやインドネシアに深く影響を与え続けています。

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