マラッカ王国

マラッカ王国

マラッカ王国（1402年 - 1511年）は、マレー半島南岸に栄えたマレー系イスラム港市国家です。漢籍史料では満剌加と表記されます。15世紀から16世紀初頭にかけて、香料貿易の中継港としてインド、中東からのイスラム商船が多数来航し、東南アジアにおけるイスラム布教の拠点となりました。建国当初から中国・明王朝の忠実な朝貢国であり、琉球王国とも交流がありました。

歴史

建国神話

マラッカ王家の末裔が治めるジョホール王国で編纂された年代記『スジャラ・ムラユ』によると、マラッカ王室はアレクサンドロス大王の血を引くとされます。しかし、実際の建国者はパレンバンから逃れてきた王子パラメスワラであることが、他の史料から判明しています。スリ・トリ・ブワナから始まる一連の物語は、パラメスワラの事績を脚色したものと考えられています。

マラッカの建設

14世紀末から15世紀初頭にかけて、マジャパヒト王国での内戦に巻き込まれたシュリーヴィジャヤ王国の王子パラメスワラが、従者を連れてマレー半島に逃れたのが王国の始まりです。当初はトゥマシク（シンガポール）に逃れましたが、危険な場所だったためマラッカに移動しました。15世紀初頭、海上民の協力を得て村落を築き、「マラッカ」と命名し、パラメスワラが王となりました。1405年には明への朝貢を開始し、交易港としての道を歩み始めました。

パラメスワラの子イスカンダル・シャーは、支配領域を拡大し、マラッカ海峡の交易路を確保しようとしました。彼は戦争ではなく婚姻関係を重視し、パサイの王女を娶りました。パサイの仲介でマジャパヒトとの関係が改善し、イスラム教徒のマラッカへの移住も始まりました。イスカンダル・シャーの積極的な移民政策により、人口は急速に増加しました。また、明の私貿易禁止によって東南アジアに留まらざるを得なくなった中国人も、マラッカの発展に貢献しました。

繁栄

1445年、スリ・パラメスワラ・デワ・シャーは明に朝貢の使節を派遣し、保護を求めました。これは彼の不安定な立場と、タイのアユタヤ朝からの外圧が背景にありました。1446年に即位したムザッファル・シャーの時代には、アユタヤの攻撃をブンダハラ（宰相）家のトゥン・ペラクの活躍で撃退しました。ムザッファルの治世には、副王ラジャ・プテが軍事と外交で活躍し、周辺地域を支配下に置きました。

次のスルタン・マンスールの時代にマラッカ王国は繁栄期を迎えます。マンスールはラジャ・プテを暗殺して権力を確立し、反乱を起こした周辺国を再征服しました。第7代スルタン・アラウッディン・リアト・シャーの時代には、勢力圏にあった港市国家が再独立し始めました。アラウッディンはメッカ巡礼の準備中に病死し、その後を継いだマームド・シャーは幼くしてスルタンとなりました。マームド・シャーの時代、マラッカは交易港として最盛期を迎えます。

ポルトガルの進出、マラッカ陥落の影響

1509年、ポルトガル遠征隊が初めてマラッカに到着し、当初マームド・シャーはポルトガルに交易と商館の建設を許可しました。しかし、インドにおけるポルトガルのイスラム教徒迫害を聞き及んでいたイスラム商人がポルトガルの排除を求め、王国は奇襲をかけました。1511年、ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケは艦隊を率いてマラッカに来航し、攻撃しました。マラッカは火器で応戦しましたが、ポルトガル軍の前に陥落しました。

マームド・シャーはマラッカから逃れ、再起を図りましたが失敗し、ジョホールにジョホール王国を建設しました。マラッカ陥落後、東南アジアの交易拠点は各地に分散し、マレー半島を陸路で横断するルートが発展しました。マラッカから追放されたイスラム商人は、各地で反ポルトガル運動を展開しました。

領域

マラッカ王国の直轄地は、マラッカを中心とするマレー半島西岸の狭い範囲でした。その周辺には、錫産地のシニョジュンやクラン、海上民が拠点としたシンガポールやリアウ諸島などの属領がありました。さらに、スマトラ島東岸のインドラギリやパハンなどの国々も属国でした。

社会

行政、官制

王は家臣との合議で政務を執り行いました。副王の地位に就いたのはラジャ・プテのみで、実質的な最高官職はブンダハラ（宰相）でした。その他、財務長官、海軍総司令官、警察長官などの役職があり、王族や貴族が占めていました。ブンダハラは世襲制で、特定の家系から選ばれました。

マラッカの戦争では、ウルバランと呼ばれる武士や騎士のような身分の者も戦いました。15世紀半ばにラクサマナ（海軍総司令官）が創設され、初代ラクサマナにハン・トゥアーが任命されました。ラクサマナは海戦だけでなく陸戦でも活躍し、強い権限を持っていました。

王権

王位は父から子へと継承されました。マラッカの王権は絶対的なものではなく、王と臣下の関係は対等な契約に基づくものでした。しかし、時代が下るにつれて王権は強化されていきました。海上民はマラッカの開拓に協力した見返りとして貴族に任命されましたが、王は彼らに軽蔑の念も抱いていました。王の居城と海上民の居住区は一定の距離が設けられていました。

司法

王国では土着の習慣とイスラーム法が合わさった『マラッカ法』が編纂されました。奴隷にも一定の権利が保障されており、刑法については死刑が頻繁に執行されました。処刑された罪人の財産は、相続人がいれば王と折半し、いなければ王のものとされました。

経済

王国の食糧事情

マラッカ王国には農業用地が少なく、住民は漁業で生計を立てていました。当初はサゴヤシから採れるデンプンを主食としていましたが、人口増加に伴い、他国から米などの食糧を輸入するようになりました。交易の収入と関税が主な財源でした。

海外貿易

マラッカ王国は、インドと中国間の交易の中継地点として発展し、各国の商人が集まる国際都市でした。季節風の交差点に位置し、各国の商人が買い付けた物資は、ヴェネツィアなどを経由してヨーロッパにもたらされました。商品は売上税や関税で利益を得、スルタンや高官は商人からの貢物で富を蓄えました。取引では契約書を作成せず、口頭での約束事が重要視されました。

シャーバンダルという外国商人出身の官吏が商取引を統制し、各国の商人を担当しました。また、スルタン・マンスールはヒンドゥー教徒の金融業者を登用して金融を組織化しました。マラッカは他国よりも低い関税を設定し、船舶を誘致しました。港や航路を整備し、各国の料理店が軒を連ねました。

交易の商品

マラッカと他国との間で取引された商品は、ピレスの『東方諸国記』に詳しく記録されています。中国からは絹織物や陶磁器、琉球からは金や武器、アユタヤからは食料品や香料が輸入されました。マラッカからは胡椒や香料、象牙、錫などが輸出されました。

貨幣

通貨として主に中国銭が使用されましたが、マラッカ王国では独自の錫貨も鋳造されました。インド各地の貨幣や私製の貨幣、子安貝なども使用されました。16世紀初頭、東南アジア港市の交易では、寄港地で物資を売却して現地の貨幣を入手し、必要な物資を調達するという形が一般的でした。

外交

隣接する2つの強国

マラッカ王国は、近接するマジャパヒト王国とアユタヤ朝と、交易や食糧輸入において重要な関係にありましたが、敵対することもありました。建国当初はアユタヤに従属していましたが、勢力が拡大するにつれてアユタヤとの対立が深まりました。一方、マジャパヒトとは友好的な関係を築こうと努力しました。

明との関係

1403年から1413年の間に、明からマラッカに6度の使節が派遣されました。パラメスワラは明に朝貢し、その王位を認められました。マラッカの王は頻繁に明を訪問し、朝貢貿易による利益を得ました。鄭和はマラッカに官廠を建設し、マラッカは明との関係を通じてアユタヤからの攻撃を防ぐことができました。

琉球との関係

琉球王国はマラッカに貿易船を派遣し、交流がありました。1463年に琉球から書簡と品が贈られ、1470年にはマンスールが琉球国王に礼を述べ、品を贈りました。琉球からのマラッカ行きの船舶は合計で20隻に達しましたが、1511年に途絶えました。

宗教

国王の改宗

マラッカの国王はイスラム商船の来航を促すため、イスラムに改宗しました。最初に改宗した国王については諸説ありますが、イスカンダル・シャーが最初に改宗したとされています。時代が下ると、マラッカの王はスルタン号を称するようになりました。

マレー世界のイスラム化

マラッカがイスラム化したのは15世紀に入ってからですが、イスラムの定着とイスラム学の研究が本格化したのはムザッファル・シャーの時代と考えられます。マラッカはパサイのイスラム神学者と交流を持ち、イスラム教の教義を学びました。マラッカのイスラム化は、マレー半島やスマトラ島にイスラム教が広まる契機となりました。しかし、当時のマラッカはイスラムの戒律が厳守されていたとは言えず、飲酒や犬肉食も行われていました。

文化

船舶と航海法

海洋交易には積載量に優れたジャンク船が使用されました。ポルトガルとの戦争が始まると船舶の小型化が進みました。交易や戦争に使われる船舶は、国内の造船所だけでなく、ペグー朝のマルタバンでも購入されました。16世紀初頭には、独自の海洋法が制定され、船舶の所有者たちはこの法律を書き留めました。水先案内人は独自の海図を用いていました。

言語

マラッカを中心とする交易は、マレー語の使用地域を広げ、語彙の発達に影響を与えました。マラッカ商人が訪れた土地にマレー語が広まり、アラビア語やペルシャ語、タミル語、ジャワ語など交易相手の言葉がマレー語の語彙に加わりました。

建築

イスカンダル・シャーの時代に、ブキット・マラッカにマレー様式の王宮が建てられました。また、石造りのモスクや王墓も建造されましたが、いずれもポルトガル占領後に解体されました。

娯楽

15世紀のマラッカでは、中国から伝わったカードゲームやインドから伝わったチェスが賭博として楽しまれていました。また、セパッ・ラガという蹴鞠に似た球技も遊ばれていました。

文学

マラッカ王国期には、英雄譚などのムラユ文学が発達しました。ハン・トゥアーなどの軍人の活躍を描いた説話が生まれました。

史料

マラッカ王国を研究する主要な史料として、『スジャラ・ムラユ』やトメ・ピレスの『東方諸国記』、鄭和艦隊の同乗者による航海記録、琉球王国の外交記録などが挙げられます。また、アラブ世界の航海書も重要な史料です。

歴代国王

パラメスワラ（在位1402年 - 1414年）
ムガト・イスカンダル・シャー（在位1414年 - 1424年）
モハメド・シャー（在位1424年 - 1445年）
スリ・パラメスワラ・デワ・シャー（在位1445年 - 1446年）
ムザッファル・シャー（在位1446年 - 1459年）
スルタン・マンスール（在位1459年 - 1477年）
スルタン・アラウッディン・リアヤト・シャー（1477年 - 1488年）
スルタン・マームド（1488年 - 1511年）

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