タイガー・ジェット・シン

タイガー・ジェット・シン：インドの猛虎、その生涯と伝説

タイガー・ジェット・シン（本名：Jagjit Singh Hans、1944年4月3日 - ）は、インド・パンジャーブ州ルディヤーナー出身のカナダ国籍のプロレスラーであり、実業家である。リングネームの表記は、原音に忠実な「タイガー・ジート・シン」とするのがより正確と言えるだろう。シク教徒である彼は、「インドの猛虎」「インドの狂虎」「狂える虎」といった数々の異名を持ち、その残虐なファイトスタイルで世界中のプロレスファンを魅了し、恐怖に陥れた。息子のタイガー・アリ・シンもプロレスラーとしてWWEで活躍しており、その血筋を受け継ぐレスラー一家としても知られている。

華麗なるキャリアの始まり

軍隊除隊後、インドのレスリング英雄グレート・ガマ流の技術を習得したシンは、1965年にシンガポールでプロレスラーとしてデビュー。その後カナダへ渡り、ジャイアント馬場の師匠としても知られるフレッド・アトキンスのもとで正統派レスリングを徹底的に鍛え上げられた。オンタリオ州トロントを拠点とするNWA傘下団体メープル・リーフ・レスリングでは、1965年9月にデビュー。翌年にはアトキンスとのタッグでインターナショナル・タッグ王座を獲得するなど、早くからその才能を証明した。1967年にはUSヘビー級王座を獲得、トロント地区のメインイベンターとして地位を確立。キニスキーやサンマルチノといったトップレスラーにも挑戦するなど、その実力は当時から折り紙付きであった。ベビーフェイスに転向後は、カナダのインド系移民社会で圧倒的な人気を博し、ザ・シークとの一戦では1万8000人以上の観客を集めたという。オーストラリア遠征では、ミスター・フジと組んでタッグ王座を獲得するなど、国際的な活躍もみせている。

新日本プロレス時代：猪木との激闘

1973年5月、シンは新日本プロレスに初来日。アントニオ猪木との壮絶な抗争劇は、彼の名を日本中に知らしめることとなった。新宿伊勢丹前での猪木襲撃事件や「腕折り事件」など、数々の伝説的なエピソードは、シンのヒールとしてのカリスマ性を際立たせた。1975年には猪木からNWFヘビー級王座を奪取、外国人レスラーとして頂点に君臨した。上田馬之助との悪のタッグチームも人気を博し、数々のタイトルを獲得。リック・フレアー、ボブ・バックランドといった強豪レスラーたちとも対戦し、その実力を世界に示し続けた。UWA世界ヘビー級王座を獲得するなど、1980年代に入ってもその勢いは衰えることなく、スタン・ハンセンやハルク・ホーガンといった新世代のレスラーとも対戦した。しかし、アブドーラ・ザ・ブッチャーの新日本プロレス参戦を機に、1981年に新日本プロレスを離れることとなる。

全日本プロレス、そしてインディー団体へ

新日本プロレスを離れたシンは、全日本プロレスに移籍。ジャイアント馬場との交渉は、極秘裏に進められた。移籍後も、馬場、ジャンボ鶴田らと激しい抗争を繰り広げ、上田とのタッグチームを復活させるなど、全日本プロレスでも存在感を示した。しかし、新世代のレスラーの台頭に押され、全日本プロレスではやや精彩を欠く時期もあった。1990年には猪木のデビュー30周年記念イベントで猪木とタッグを組み、再び新日本プロレスのリングに帰還。全日本時代よりも激しいファイトスタイルで、長州力らと激しい抗争を繰り広げた。しかし、「グレーテスト18クラブ」でのトラブルなどを経て、再び新日本プロレスを離れ、FMW、そして数々のインディー団体を渡り歩くことになる。

インディー団体での活躍と晩年

FMWでは、大仁田厚との電流爆破デスマッチなど、過激なファイトスタイルで再び人気を博した。息子であるタイガー・アリ・シン（当時タイガー・ジェット・シン・ジュニア）とのタッグも話題となった。その後も様々なインディー団体で活躍し、ハッスルでは、レイザーラモンHG、曙、ボブ・サップなど、若手レスラーを相手に、年齢を感じさせない激しいファイトを展開した。2009年にはブッチャーと20年ぶりのタッグを結成するも、最後は同士討ちという形で決着を見た。東日本大震災の際には、被災者への支援活動を行い、日本とカナダの友好促進に貢献したとして表彰されている。2024年には、プロレス界への貢献と慈善活動が認められ、旭日双光章を受章した。

その人間性

リング上では観客をも恐れさせる凶暴なヒールレスラーとして知られるシンだが、私生活では非常に聡明で紳士的な人物として知られている。ミスター高橋は、シンのヒール像は完全に演技であり、本質は非常に誠実で知的であると証言している。インド社会では名士として知られ、慈善活動などにも積極的に取り組んでいる。倹約家としても知られ、全盛期でも浪費するようなことはなく、その堅実さが事業の成功にも繋がっている。スタン・ハンセンは、シンの影響を大きく受けたと語っており、シンの狂気じみたファイトスタイルは、数々のレスラーに影響を与えた。

タイガー・ジェット・シンというレジェンド

タイガー・ジェット・シンは、単なるプロレスラーという枠を超えた存在である。その残虐なファイトスタイル、観客を恐怖に陥れる圧倒的な存在感、そしてその裏に隠された紳士的な性格。彼が築き上げた伝説は、これからもプロレス史に語り継がれていくであろう。数々のタイトル獲得、猪木との激闘、そしてインディー団体での活躍。彼の生涯は、まさにプロレスラーとして、そして一人の人間として、波乱に満ちたドラマチックなものであった。その残虐性とカリスマ性、そして人間性、全てがタイガー・ジェット・シンという唯一無二の存在を作り上げている。彼の存在なくして、日本のプロレスの歴史は語れないだろう。

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