チョカン・ワリハーノフ

チョカン・ワリハーノフ：カザフの啓蒙思想家、その生涯と業績

チョカン・チンギソヴィチ・ワリハーノフ（1835年11月 - 1865年4月10日）は、帝政ロシア時代の学者、軍人、探検家であり、中央アジア研究に多大な貢献を果たした東洋学者です。彼は19世紀のカザフ知識人を代表する人物の一人として、その名を知られています。本稿では、彼の生涯と業績を詳しく解説します。

生い立ちと教育

ワリハーノフは、カザフ・ハン国の王族の血を引く名門の出身です。曾祖父は18世紀後半にカザフ草原西部を支配した中ジュズの族長アブライ・ハーン、祖父は中ジュズ最後の族長ワリーという家系に生まれます。父チンギズはオムスクの士官学校で教育を受けた知識人であり、恵まれた環境で育ちました。

1835年、現在のコスタナイ州に位置するクシュムルン要塞で生を受けたワリハーノフは、幼少期にカザフの伝統的な私塾で学び、アラビア語、ペルシア語、チャガタイ語といった言語を習得しました。1847年には、シベリアにおける教育の中心地であったオムスクのシベリア陸軍士官学校に入学し、探検家・民族学者のグリゴリー・ポターニンと親交を深めます。士官学校では、ロシアや西欧の思想・文学に触れ、中央アジア研究者としての基礎を築きました。

1853年に士官学校を卒業後、ワリハーノフはロシア軍の将校としてオムスクに勤務します。この時期には、流刑囚としてオムスクに服役していた文豪フョードル・ドストエフスキーとの親交を深め、精神的な影響を受けました。

中央アジア調査

1855年以降、ワリハーノフは軍務と並行して、カザフ草原東部、キルギスタン東部、カシュガルといった地域で学術調査を行います。1854年にガスフォルト将軍の副官に任命され、翌1855年にはガスフォルトによる中央アジア探検に参加し、中央カザフ、セミレチエ、タルバガタイを調査。カザフの統計、慣習法、古宗教に関する貴重な資料を収集しました。

1856年にはホメントフスキーの調査隊に加わり、イシク・クル湖周辺で遊牧生活を送るキルギスのブグ族を視察し、イシク・クル湖沿岸部の測量に従事しました。同年5月から約2か月間キルギスの地に滞在し、彼らの伝承や叙情詩を記録します。7月にはロシア政府によってヴェールヌイ要塞（現在のアルマトイ）に召還され、清との交渉役を任されます。ロシア政府の使節としてイリに派遣されたワリハーノフは、ロシアと清の通商関係を調整し、タルバガタイ条約締結の基盤を築きました。クルジャに約3か月滞在した後、晩秋にオムスクへ帰還。

この旅行を通じて、ワリハーノフは中央アジアの民族、特にキルギス（カラ・キルギス）の歴史・言語・地理に関心を深め、多くの資料を収集しました。

1857年には、ロシア政府の使節として再びイシク・クル湖近辺に居住するキルギスのブグ族のもとに派遣されます。この旅行でキルギスの文化をより深く学び、キルギスの英雄叙事詩『マナス』を採録し、ロシア語訳に取り組みました。同年2月には、ピョートル・セミョーノフ＝チャン＝シャンスキーらの推薦により、帝立ロシア地理学協会の正会員に選出されます。

カシュガル探検

1858年、カシュガルで行方不明となったドイツ人地理学者アドルフ・シュラーギントヴァイトの捜索のため、ワリハーノフはカシュガルへ向かいます。カザフの隊商に扮してカシュガルに潜入し、1858年9月末にコーカンド・ハン国の庇護を受けました。1858年10月から1859年3月までカシュガルに滞在し、現地のアクカサル（領事・徴税官を兼ねた役人）から歓待を受けました。カシュガルでは情報収集と学術資料の収集に専念し、シュラーギントヴァイトがカシュガルのホージャ・ワリー・ハンに殺害された事実を突き止めます。ワリハーノフはヤルカンド、ホータンへの調査を希望しましたが、許可されませんでした。

カシュガルの情勢悪化によりロシアに帰国したワリハーノフは、カシュガル旅行の成果を『アルティシャフル、すなわちカシュガリアの記述』としてまとめ、民族構成や政治組織に関する考察を記しました。中央アジアへの進出を企図していたロシア政府は、ワリハーノフの業績に注目し、1860年から1861年にかけてサンクトペテルブルクの参謀本部と外務省アジア局に勤務させました。

サンクトペテルブルクでは、参謀本部軍事学術委員会からの依頼で中央アジアと東トルキスタンの地図を作成し、地理学者としてカザフスタン、中央アジアの地理・民族誌の資料をまとめ上げ、カール・リッターやチャン＝シャンスキーら知識人と交流を持ちました。大学の講義に出席して諸外国語を学び、オムスク時代からのドストエフスキーとの交流も続けました。しかし、1861年春に肺結核を発症し、故郷へ帰ることになります。

晩年と死

1862年、ワリハーノフはカザフ民衆を保護するため、年長スルターンの選挙に立候補しますが、親族との不和が生じ、オムスクに戻ります。オムスクの役所では司法に携わり、カザフの司法制度改革を試みました。カザフの司法改革にあたっては慣習法の保持を提案し、政府にイスラームの庇護停止を訴えました。

1864年、コーカンド・ハン国遠征においてチャルニャエフ将軍の部隊に従軍しますが、部隊のロシア兵がカザフ人に対して残虐行為を行うことに抗議し、免職されます。同年7月、チャルニャエフの植民地主義的行動を批判する将校たちと共にヴェールヌイに帰還。帰還後、カザフのアルバン氏族の年長スルターン・テゼクのもとに赴き、彼の姉妹であるアイサルィと結婚しました。

中央アジア社会の変革を夢見ていたワリハーノフでしたが、1860年代のトルキスタン遠征における苛烈な征服戦争を目の当たりにし、1865年に失意のうちにこの世を去りました。享年29歳。

彼の死後、没地であるコチェン・トガンに霊廟が建てられました。また、カザフスタンで発行されている10テンゲ紙幣には、彼の肖像が使用されています。

思想と業績

ワリハーノフは、カザフ文化をイスラームの影響から守り、ロシア・西欧の文明を取り入れることでカザフの文明化を試みました。しかし、一般民衆の立場に立たず、特権階級であるイスラーム聖職者の意見のみを取り入れるロシア政府の欺瞞的な姿勢を批判しました。ワリハーノフはカザフ文化の独自性を認めながらも旧来の因習を批判し、定住化とロシア・ヨーロッパ文明の受容によるカザフの進歩を望んでいました。

ワリハーノフの主な学問的業績としては、カザフスタン、天山山脈西部、タリム盆地西部の踏査行、『マナス』の記録、タリム盆地の住民生活に関する記述と政治史研究などが挙げられます。彼の著した旅行記には、1856年の『イシク・クルへの旅行の日記』、同年の『中華帝国の西辺境とクルジャ』、1858年のカシュガル旅行記『カシュガルへの旅行とアラタウ管区への帰還』などがあります。

1961年から1972年にかけて、カザフ・ソビエト社会主義共和国のアルマ・アタ（アルマトイ）で全5巻にわたる彼の著作集が刊行されました。カザフ・ソビエト社会主義共和国においては、ワリハーノフは学術的な業績だけでなく、キルギスの権利を守るために活動した知識人としても高く評価されていました。彼の業績を称え、アルマトイの歴史・考古学・民族学研究所には、ワリハーノフの名前が冠されています。

チョカン・ワリハーノフは、短い生涯の中で中央アジアの歴史、文化、社会の研究に多大な貢献を果たし、カザフの啓蒙思想家として、今もなお敬愛されています。

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