テクシ

テクシ：カアン弑逆の首謀者、その暗躍と没落

テクシ（モンゴル語: Tegsi、? - 至治3年10月6日（1323年11月4日））は、元朝に仕えた政治家です。彼は、主君であるゲゲーン・カアン（英宗シデバラ）を弑逆した南坡の変の首謀者として歴史に名を残しました。『元史』では鉄失(tiĕshī)と漢字表記されています。

生涯

テクシの出自については、詳しい記録が残っていません。しかし、「妹が君主（英宗ゲゲーン・カアン）の妃となった」という記録から、イキレス部出身のスガバラ妃と兄弟ではないかという説があります。スガバラの遠祖は元朝建国の功臣ブトゥ・キュレゲンであり、ブトゥ家の系図は詳細に残っていますが、テクシがブトゥ家出身であることを明記した史料は存在しません。カアンの弑逆という大罪を犯した人物であるため、その出自が記録から抹消された可能性も考えられます。

1310年代の元朝では、カアン（皇帝）の権力が弱体化し、ブヤント・カアン（仁宗アユルバルワダ）の母であるダギが事実上の最高権力者として振る舞っていました。ダギはテムデルを側近として重用し、テクシもこのダギ-テムデル派閥に取り入ることで出世を果たしました。延祐7年（1320年）にブヤント・カアンが亡くなると、息子のシデバラがゲゲーン・カアンとして即位し、新政権下でテクシは太医院使に任じられます。至治元年（1321年）3月には御史台の長である御史大夫と、忠翊侍衛親軍都指揮使の地位を授けられ、文武両面で強大な権限を持つようになりました。同年10月には左・右阿速衛（アスト軍閥）の指揮も委ねられ、このアスト兵はテクシの権力基盤として活用されることになります。

しかし、新たに即位したゲゲーン・カアンは、カアンを差し置いて権力を壟断するダギ-テムデル一派を嫌い、建国以来の名門ムカリ家のバイジュを起用して、ダギ-テムデル派からの権力奪還を図ります。至治2年（1322年）にはテクシの父祖の碑文が建てられましたが、同時期にはテムデルの父祖の勅建碑、バイジュの父祖の碑文も建てられており、これはダギ-テムデル派とカアン-バイジュ派の権力抗争の一環と見られています。その後、同年8月・9月にはテムデルとダギが相次いで亡くなり、ダギ-テムデル一派の凋落は決定的となりましたが、その残党の中でも大物であったテクシは、中央の三大長官の一つの御史大夫として依然として強大な権限を有していました。同年10月には江南行台御史大夫のトクトが病を理由に引退を申し出ましたが、皇帝の裁可を得る前に職を離れたことを批判して杖刑にし雲南に流刑とし、またテムデルの子のソナム（鎖南）の復職を願いましたがカアンに却下されています。このようなテクシの振るまいを見て、ゲゲーン・カアンは周囲の者に「先頃、テムデルらが横暴な振るまいをしてきても汝らは黙ってこれを見過ごしていた。しかし、今彼等が死ぬとしたらその家産は没収して後世の戒めとしよう」と語ったと伝えられています。

至治3年（1323年）正月には「振挙台綱（綱紀を厳正に整える）」を掲げる聖旨（ジャルリグ）が出されましたが、これはテクシの多岐に渡る権力を削ぎ落とすための第一歩でした。また、前後してテムデルの財産の没収、テムデル一族の粛清が行われ、テクシら旧ダギ-テムデル派官僚は、カアンによる報復が自らに及ぶことを恐れ、カアンへの叛乱計画を抱くようになります。カアンの弑逆を決意した旧ダギ-テムデル派官僚らがカアン後継者候補として目をつけたのは、北方モンゴリアを治める晋王（ジノン）イェスン・テムルでした。

テクシらは弑逆の決行前から晋王家と連絡を取り合っており、8月2日にはオロスを使者として派遣して「ゲゲーン・カアンの暗殺計画が成功しましたら、晋王（イェスン・テムル）を推戴して皇帝（カアン）としましょう」と伝えさせました。そして至治3年8月4日（新暦では1323年9月4日）、季節移動を行うゲゲーン・カアン及びバイジュが上都（夏営地）から大都（冬営地）へ向かう途上、南坡で弑逆事件は決行されました。テクシは配下のアスト兵を率いてゲゲーン・カアンの天幕を襲撃し、右丞相バイジュを殺害、次いで天幕の中にいたゲゲーン・カアンを弑逆しました。こうしてゲゲーン・カアンは治世3年、享年21歳で南坡で崩御しました。

ゲゲーン・カアンの弑逆後、テクシは使者をイェスン・テムルの下に派遣し、イェスン・テムルはケルレンの大オルドにおいて即位を宣言しました。即位直後のイェスン・テムルはテクシを知枢密院事に任じることで報いましたが、これはテクシらを油断させるためのものでした。その後、イェスン・テムルは側近を派遣してテクシらを捕らえさせ、一族郎党ともども処刑し、財産を没収しました。これはカアン弑逆という汚名を全てテクシらに被せ、イェスン・テムル新政権は弑逆と無関係であるとアピールするための政策であったと見られています。こうしてテクシ一族は完全に没落し、晋王家による統治が始まりましたが、カアン位を巡る内部対立は続き、後に天暦の内乱を誘発することになりました。

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