トファシチニブ

トファシチニブ（Tofacitinib）

トファシチニブは、免疫系の働きを調節するヤヌスキナーゼ（JAK）という酵素の機能を阻害する、比較的新しいタイプの分子標的薬であり、免疫抑制剤としても分類されます。製品名としては「ゼルヤンツ」などが広く知られており、他にも「Xeljanz」や「Jakvinus」といった名称でも流通しています。この薬剤はファイザー社によって開発され、日本では武田薬品工業が販売を担当しています。

作用機序

トファシチニブの主な働きは、細胞内でサイトカイン（細胞間の情報伝達物質）からのシグナルを伝える役割を担うヤヌスキナーゼ（JAK）の働きを強力に抑えることにあります。試験管内での研究では、JAK1、JAK2、JAK3といった複数の種類のJAKを阻害することが示されています。特に、細胞の中でJAK3やJAK1と結合してシグナルを伝える受容体の働きを強く阻害します。

JAK1やJAK3の阻害によって、IL-2、IL-4、IL-7、IL-9、IL-15、IL-21など、免疫反応に関わる様々なサイトカインが細胞へ伝える信号がブロックされます。これらのサイトカインは、免疫細胞、特にリンパ球が増えたり、活性化したり、本来の機能を発揮するために不可欠な役割を果たしています。したがって、これらのサイトカインによるシグナル伝達を遮断することで、過剰になった免疫の働きを抑制し、自己免疫疾患などにおける炎症や組織破壊を抑えることが可能になると考えられています。

効能・効果

現在、トファシチニブは以下の疾患に対して使用が認められています。

関節リウマチ（既存治療で効果不十分な場合に限る）
中等症から重症の潰瘍性大腸炎（既存治療で効果不十分な場合の寛解導入および維持療法）

臨床における知見

関節リウマチ患者を対象とした大規模臨床試験であるORAL-start試験では、疾患活動性の改善度や関節破壊の進行抑制において、トファシチニブが従来の標準治療薬であるメソトレキセートよりも優れた効果を示すことが報告されています。

また、潰瘍性大腸炎に対する臨床開発の第3相試験の一つであるOCTAVE Sustain試験では、1年間の治療を継続した際の寛解（病状が落ち着いた状態）率は、プラセボ（偽薬）と比較してトファシチニブ投与群で統計学的に有意に高いことが確認されています。

現在の適応疾患ではありませんが、標準的な治療法では十分な効果が得られにくかった中等症から重症のアトピー性皮膚炎の患者さんに対する小規模な報告では、皮膚の炎症やかゆみなどの症状が改善し、病状の重症度を示すスコアも低下した例が示されています。

使用上の注意点と副作用

トファシチニブは強力な免疫抑制作用を持つため、使用にあたっては慎重な判断が必要です。

禁忌として、以下のような患者さんには原則として投与できません。

すでに重篤な感染症（敗血症など）にかかっている方
活動性の結核がある方
重度の肝臓の機能障害がある方
血液検査で好中球数、リンパ球数が極端に少ない（それぞれ500/mm³未満）方
ヘモグロビン値が著しく低い（8g/dL未満）方
この薬の成分に対して過去に過敏症を起こしたことがある方
* 妊娠している、または妊娠している可能性のある女性

また、添付文書にはいくつかの重大な副作用が記載されています。特に注意が必要なのは、免疫抑制による感染症リスクの増加です。帯状疱疹や肺炎（ニューモシスティス肺炎を含む）、結核、さらには全身に感染が広がる敗血症といった重い感染症が報告されています。その他にも、胃腸に穴が開く消化管穿孔、血液中の好中球やリンパ球、ヘモグロビンが減少する血液障害、肝臓の機能障害や黄疸、肺に炎症が起こる間質性肺炎なども重大な副作用として挙げられています。

この薬剤の安全性については、使用した全ての患者さんを対象とした市販後調査が義務付けられており、適正な使用のためのガイドラインも運用されています。このガイドラインから逸脱した不適切な投与例では、死亡例が報告されていることからも、専門医による適切な管理のもとで使用することが極めて重要です。

関連薬剤

トファシチニブと同様にヤヌスキナーゼ（JAK）を標的とする薬剤には、ルキソリチニブ、バリシチニブ、ペフィシチニブ、フィルゴチニブ、デルゴシチニブ、アブロシチニブ（主にアトピー性皮膚炎治療薬として開発・使用）などがあり、それぞれの薬剤で阻害するJAKの種類や適応疾患が異なります。

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