ニュー・アカデミズム

ニュー・アカデミズム：1980年代日本の知的潮流

1980年代初頭、日本の知的シーンを席巻した「ニュー・アカデミズム」。本稿では、その隆盛と衰退、そしてその背後にある思想的背景を詳しく探ります。

黎明期：既存秩序への批判と新たな潮流

1960年代までは、日本のアカデミズムは西欧近代市民社会の理念を基盤とする近代主義が主流でした。丸山真男、大塚久雄、川島武宜といった学者たちがその代表格と言えるでしょう。加えて、マルクス主義やサルトルの実存主義も強い影響力を持っていました。しかし、1968年を境に世界中で新左翼運動が勃興、日本では大学紛争が激化し、学生運動におけるマルクス主義への批判が高まりました。

この時代、吉本隆明は『共同幻想論』で近代主義と既存のアカデミズムの権威性を批判。廣松渉はマルクス主義の内部から関係論的な共同主観性を提示しました。これらの批判は、既存の枠組みを超える新たな知的探求への地ならしとなりました。

1970年代に入ると、記号論や構造主義といった西欧の新しい思想が日本に流入し始めます。山口昌男は中心と周縁の対立構造で社会・文化を捉え、中村雄二郎は「共通感覚論」を提唱。栗本慎一郎は独自のカール・ポランニーとジョルジュ・バタイユを融合した理論を展開するなど、多様な試みがなされました。文芸批評の分野では、柄谷行人がマルクス経済学を新たな視点で解釈し、蓮實重彦がフランス現代思想を積極的に導入しました。これらの議論は、三浦雅士が編集長を務めた雑誌『現代思想』を中心に展開されました。

ブームの到来：ベストセラーと新たな世代

1980年代に入ると、ニュー・アカデミズムは爆発的なブームを巻き起こします。1981年、栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』がベストセラーとなり、1983年には浅田彰の『構造と力』と中沢新一の『チベットのモーツァルト』が相次いで出版、大きな話題を呼びました。これらの著作は、難解な内容にもかかわらず、若い世代を中心に広く読まれました。浅田彰の『逃走論』で生まれた「スキゾ」「パラノ」といった言葉は、流行語となるほど社会に浸透しました。

このブームの中心には、浅田彰と中沢新一が位置づけられますが、四方田犬彦、丹生谷貴志、松浦寿輝、細川周平、西成彦、渡部直己、絓秀実といった新しい世代の批評家たちも注目を集めました。さらに、山口昌男、柄谷行人、蓮實重彦といった先行世代の学者たちも再評価され、市川浩、坂部恵、木村敏、丸山圭三郎、今村仁司といったより伝統的なアカデミズムの学者たちの研究にも関心が集まりました。『現代思想』は発行部数を大きく伸ばし、思想関連の出版は空前の活況を呈しました。

ブームの終焉とその後

しかし、ニュー・アカデミズムのブームは長くは続きませんでした。フランス現代思想の輸入が大学の制度に組み込まれたこと、世界的な知的潮流が分析哲学やリベラリズムへとシフトしたこと、冷戦終結後の新自由主義化やバブル崩壊後の不況によって旧左翼的な資本主義批判の説得力が薄れたことなどが、衰退の要因として挙げられます。

大塚英志は1990年代を、文学や学問が既得権益によって閉塞した転機と捉えています。栗原裕一郎は、ニュー・アカデミズムを「消費社会批判を繰り出しつつ消費社会に従順な、価値相対化ばかりが肥大しているような奇妙なもの」と批判し、いまだにその影響下にいる文系の現状を憂慮しました。

ニュー・アカデミズムは、1980年代の日本の知的状況を象徴する現象でした。その影響は現在でも様々な形で残っていますが、その隆盛と衰退の過程を理解することは、現代日本の知的状況を理解する上で重要な要素となるでしょう。

もう一度検索