フェリチン

フェリチン（Ferritin）

フェリチンは、生物の細胞内で鉄を貯蔵し、必要に応じて放出する鉄結合性タンパク質です。ほぼ全ての生物種に存在し、鉄の恒常性維持に不可欠な役割を果たしています。ヒトにおいては、鉄不足と鉄過剰の両方を防ぐ重要な役割を担っています。

フェリチンの構造

フェリチンは、24個のタンパク質サブユニットから構成される球状の複合体です。この球状構造は、内部に鉄を貯蔵するための空洞を持ち、その外殻は鉄の出入り口となる穴を備えています。フェリチンの内部には、リン酸と水酸化物イオンと結晶子を形成した鉄イオンが存在し、これは鉱物のフェリハイドライトに類似しています。1つのフェリチン複合体は、約4500個の鉄(III)イオンを貯蔵できます。

脊椎動物のフェリチンは、L型（軽鎖）とH型（重鎖）の2種類のサブユニットからなるヘテロオリゴマーです。これらのサブユニットは異なる遺伝子に由来し、わずかに異なる生理学的特性を持ちます。両生類にはM型フェリチンも存在します。植物や微生物は、脊椎動物のH型サブユニットに類似した1種類のフェリチンを持ちます。各サブユニットの存在比は、遺伝子の発現量によって変動し、これによってフェリチンの等電点や局在部位が変化します。ヒトでは、L型とH型の比率が異なる20種類以上のイソフェリチンが知られています。

腹足類や住血吸虫など、無脊椎動物にも様々なフェリチンが存在し、脊椎動物のH型サブユニットに類似した構造を持つものが多いです。大腸菌のフェリチンはヒトH型フェリチンと約20％の相同性があります。ミトコンドリアフェリチンは、細胞質で合成された後、ミトコンドリアに取り込まれ、そこでプロセシングを受けます。

フェリチンの機能

鉄分の貯蔵

フェリチンは細胞内で鉄を無害な状態で貯蔵し、必要に応じて運搬します。この鉄貯蔵機能は全てのフェリチンに共通していますが、細胞種によってその構造や機能は異なります。フェリチンの産生量は、主にmRNAの量と安定性によって調節されます。mRNA濃度は、保存過程や転写効率の変化によって調整されます。一般的にフェリチンの産生量は鉄濃度によって制御されますが、一部のフェリチンは鉄濃度に依存しない調節機構を持っています。

遊離の鉄イオンは、細胞に有害な活性酸素種を生成するため、生物は鉄をフェリチンやヘモジデリンのようなタンパク質複合体に結合させ、無毒化します。フェリチンは、鉄(II)イオンを結合させ、鉄(III)イオンとして保存します。細網内皮系の細胞内で過剰に蓄積したフェリチンは、タンパク質凝集体となりヘモジデリンを形成します。

フェリチンは、貝殻形成などの生体内鉱質形成にも関与しており、殻における鉄の濃度や分布を制御します。

フェロキシダーゼ活性

真核生物のH型およびM型サブユニット、並びに真正細菌や古細菌のサブユニットは、フェロキシダーゼ活性を持ちます。フェロキシダーゼ活性は、鉄(II)イオンを鉄(III)イオンに酸化する酵素活性であり、これによりフェントン反応を抑制します。フェントン反応は細胞に有害なヒドロキシラジカルを生成するため、その抑制は生物にとって重要です。

フェロキシダーゼ活性部位はH型サブユニットの鉄(II)イオン結合部位です。この活性部位では、鉄(II)イオンが酸化され、鉄(III)イオンが準安定状態で保持されます。新しい鉄(II)イオンが結合すると、鉄(III)イオンが置換されます。この仕組みは、ほぼ全ての生物のH型サブユニットで共通です。L型サブユニットはフェロキシダーゼ活性を持ちません。

その他の機能

フェリチンは、免疫応答やストレス応答にも関与しており、感染や悪性腫瘍、低酸素症などの状況でその濃度が上昇します。ミトコンドリアフェリチンは、鉄やその他の金属イオンとの結合活性、フェロキシダーゼ活性、酸化還元酵素活性を持ち、酸化還元反応や鉄イオンの膜輸送、細胞内鉄濃度のホメオスタシスに関与します。

卵黄フェリチンは、カタツムリなどの種で主要な卵黄タンパク質であり、細胞質フェリチンとは異なる特性を持ちます。また、フェリチンはカーボンナノチューブ製造のための鉄ナノ粒子の製造にも利用されています。

フェリチンの臨床的意義

血清フェリチン濃度は、体内の鉄貯蔵量を反映する重要な指標であり、鉄欠乏性貧血の診断に用いられます。ただし、炎症性疾患などでもフェリチン濃度が上昇するため、他の検査項目と併せて評価する必要があります。

欠乏症

フェリチン濃度が異常に低い場合、鉄欠乏による貧血のリスクが高まります。血清フェリチン濃度の異常低値は、鉄欠乏性貧血の最も特異的な指標ですが、感染や慢性炎症によって数値が変動するため注意が必要です。

その他、甲状腺機能低下症、ビタミンC欠乏症、セリアック病、むずむず脚症候群などでもフェリチン値が低くなることがあります。菜食主義者は、鉄欠乏を起こすリスクが高いとされています。また、血清フェリチン濃度が低い場合、早期小児う蝕の発症率が高い傾向があります。

過剰症

フェリチン濃度が異常に高い場合は、鉄過剰症や急性炎症の可能性があります。鉄過剰症には、血色素症や血鉄症などがあります。また、成人スティル病、ポルフィリン症、血球貪食症候群、マクロファージ活性化症候群などでもフェリチン濃度が高くなります。

神経性無食欲症では、急性の栄養失調によってフェリチン濃度が上昇することがあります。これは、体が鉄を貯蔵しようとするためと考えられます。フェリチンには、鉄貯蔵の他に酸化ストレスからの保護の役割もあり、イソフェリチンの増加がフェリチン濃度の上昇に寄与します。また、フェリチン値の上昇は糖尿病のリスクとの相関も指摘されています。

その他の利用

フェリチンおよびミニフェリチンの空洞は、金属ナノ粒子の製造における反応場として利用されており、粒子の成長を制御する鋳型や、凝集を防ぐ被覆材として機能します。

まとめ

フェリチンは、鉄の貯蔵、運搬、代謝に関わる重要なタンパク質であり、細胞の恒常性維持に不可欠です。その異常値は、様々な疾患の指標となるため、臨床的に重要な意味を持ちます。

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