フリギア旋法
フリギア旋法と称される音楽概念は、歴史的に二つの主要な流れを含んでいます。
第一は、古代ギリシアの音楽理論における「トノス」や「ハルモニア」と呼ばれる特定のオクターブ構造、すなわち音階です。第二は、中世ヨーロッパで発展した教会旋法におけるフリギア旋法です。現代の音楽理論で一般的にフリギア旋法と呼ばれるものは、この中世の概念に基づいています。
古代ギリシア音楽におけるフリギアのトノスやハルモニアは、その名称を小アジア（アナトリア）に位置した古代王国フリギアに由来します。この古代ギリシアのフリギア旋法は、ディアトニック（全音階的）な音の構成を持つ場合、中世および現代のドリア旋法と共通する音程構造を持っていました。
ギリシアの音楽理論家たちがこの名で呼んだハルモニアは、トノスに基づいて構築され、その音階（オクターブ種）はテトラコルド（四つの音からなる音程群）を組み合わせて作られました。ディアトニックにおいては、テトラコルドは「全音-半音-全音」という上行音程で構成されます。このテトラコルドを二つ、間に全音を挟んで連結することでオクターブ音階が形成されました。これはピアノの白鍵でDからDまでを弾いた場合の音階に相当します。
D E F G | A B C D
この音階は、特定の旋律的な動きや音楽がもたらす感情（エートス）と結びつけられました。フリギアという名称は、「アナトリア高地の荒々しく自由奔放な人々」を指す民族名にちなんだものです。後の理論家、例えばクレオニデスなどは、このフリギアを音程構造ではなく、13ある半音階的な移調レベルの一つとして誤って分類することがありました。
初期のカトリック教会では、典礼音楽のために8つの主要な旋法が整備されました。中世の音楽理論家たちは、これに古代ギリシアのハルモニアイから名前を借用し、第3番目の教会旋法にフリギアの名を与えました。この中世フリギア旋法は、Eを終止音（楽曲の終わりの音）とする正格旋法として規定され、Eからそのオクターブ上のEまで展開し、Bで二つの部分に分割される構造を持っています。
その音程構成は、EからBまでの五つの音（ペンタコルド）が「半音-全音-全音-全音」となり、Bから上のEまでの四つの音（テトラコルド）が「半音-全音-全音」と続きます。
E F G A B + B C D E
この旋法の一般的な音域（Ambitus）は、終止音Eから上Eに加え、下に一音低いDまで広がります。終止音に次いで重要とされる主要音については議論があり、多くの理論家は6度音（C）を挙げましたが、15世紀の理論家ヨハネス・ティンクトリスは4度音（A）がそれに当たると主張しました。
また、フリギア旋法から派生したヒポフリギア旋法（文字通り「フリギアの下」）は、フリギアの構造を下方に拡張したもので、例えばGを終止音としてGから始まり、その音域はDまで下がります。
G | A B C D | (D) E F G
18世紀以降の現代西欧音楽において、フリギア旋法は中世フリギア旋法に基づきつつ、全音階として捉えられます。これは現代の自然的短音階（エオリア旋法とも呼ばれる）と密接に関連しています。フリギア音階と自然的短音階の最も明確な違いは、フリギア旋法が自然的短音階よりも第2音度（主音から数えて二番目の音）が半音低い点です。
例えば、Eを根音とするEフリギア旋法は、以下の音から構成されます。
Eフリギア旋法: E F G A B C D E
現代長旋法や自然的短旋法を基準とした場合、フリギア旋法の音度（スケールディグリー）は以下のようになります。
1 ♭2 ♭3 4 5 ♭6 ♭7 1 （長調スケールとの比較）
1 ♭2 3 4 5 6 7 1 （自然的短調スケールとの比較）
したがって、フリギア旋法は、根音、短二度、短三度、完全四度、完全五度、短六度、短七度、オクターブから成り立っています。音と音の間隔で記述すると、半音、全音、全音、全音、半音、全音、全音というパターンになります。
フリギア旋法から派生した重要なスケールに「フリジアン・ドミナント」があります。これは、フリギア旋法の第3音度を半音上げることで作られます。
Eフリジアン・ドミナント: E F G♯ A B C D E
この旋法は「スペイン・ジプシー音階」としても知られており、フラメンコ音楽によく見られる音階構造に似ています。フラメンコでは、このフリジアン・ドミナントに似た音階や、フリギア音階そのものが頻繁に用いられます。
現代のジャズでは、フリギア旋法は特定のコードや響きと関連付けられて使用されます。例えば、「サスペンデッド・コード」の一種であるsus4(♭9)コードは「フリジアン・サスペンデッド・コード」とも呼ばれ、このコードの上でフリギア旋法を用いてソロ演奏が行われることがあります。
フリギア旋法は、古今東西の様々な音楽作品に見られます。
古代ギリシア:
デルフォイの賛歌（紀元前128年）
セイキロスの墓碑銘（1世紀）
中世・ルネッサンス:
ローマ聖歌のレクイエムの一部（例：「Rogamus te」）
ジョスカン・デ・プレ作曲：Missa Pange lingua、Mille Regretzなど
オルランド・ディ・ラッソ作曲：モテット「In me transierunt」
ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナ作曲：モテット「Congratulamini mihi」
バロック:
J.S.バッハのコラール作品（例：カンタータBWV 38, BWV 76中のコラール旋律）
ハインリヒ・シュッツ作曲：ヨハネ受難曲（1666年）
ディートリヒ・ブクステフーデ作曲：プレリュード イ短調 BuxWV 152
ロマン派:
アントン・ブルックナーの複数の作品（例：Ave Regina coelorum, Pange lingua, 交響曲第3番, 4番, 7番, 8番の一部）
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ作曲：トマス・タリスの主題による幻想曲
現代音楽:
ジョン・クーリッジ・アダムズ作曲：Phrygian Gates
サミュエル・バーバー作曲：弦楽のためのアダージョ、3つの歌より「I Hear an Army」
フィリップ・グラス作曲：オペラ「サティアグラハ」終盤のアリア
ポピュラー音楽:
映画「ロード・オブ・ザ・リング：旅の仲間」オープニング（ハワード・ショア作曲）
バンド：トゥール（Sober）、KORN（adidas, Faget）
ジャズ:
ギル・エヴァンス演奏：「Solea」
フリギア旋法は、その特徴的な響き、特に主音から短二度への動きによって、長い歴史を通じて多様な音楽表現に活用されてきました。
第一は、古代ギリシアの音楽理論における「トノス」や「ハルモニア」と呼ばれる特定のオクターブ構造、すなわち音階です。第二は、中世ヨーロッパで発展した教会旋法におけるフリギア旋法です。現代の音楽理論で一般的にフリギア旋法と呼ばれるものは、この中世の概念に基づいています。
古代ギリシアのフリギア旋法
古代ギリシア音楽におけるフリギアのトノスやハルモニアは、その名称を小アジア（アナトリア）に位置した古代王国フリギアに由来します。この古代ギリシアのフリギア旋法は、ディアトニック（全音階的）な音の構成を持つ場合、中世および現代のドリア旋法と共通する音程構造を持っていました。
ギリシアの音楽理論家たちがこの名で呼んだハルモニアは、トノスに基づいて構築され、その音階（オクターブ種）はテトラコルド（四つの音からなる音程群）を組み合わせて作られました。ディアトニックにおいては、テトラコルドは「全音-半音-全音」という上行音程で構成されます。このテトラコルドを二つ、間に全音を挟んで連結することでオクターブ音階が形成されました。これはピアノの白鍵でDからDまでを弾いた場合の音階に相当します。
D E F G | A B C D
この音階は、特定の旋律的な動きや音楽がもたらす感情（エートス）と結びつけられました。フリギアという名称は、「アナトリア高地の荒々しく自由奔放な人々」を指す民族名にちなんだものです。後の理論家、例えばクレオニデスなどは、このフリギアを音程構造ではなく、13ある半音階的な移調レベルの一つとして誤って分類することがありました。
中世フリギア旋法
初期のカトリック教会では、典礼音楽のために8つの主要な旋法が整備されました。中世の音楽理論家たちは、これに古代ギリシアのハルモニアイから名前を借用し、第3番目の教会旋法にフリギアの名を与えました。この中世フリギア旋法は、Eを終止音（楽曲の終わりの音）とする正格旋法として規定され、Eからそのオクターブ上のEまで展開し、Bで二つの部分に分割される構造を持っています。
その音程構成は、EからBまでの五つの音（ペンタコルド）が「半音-全音-全音-全音」となり、Bから上のEまでの四つの音（テトラコルド）が「半音-全音-全音」と続きます。
E F G A B + B C D E
この旋法の一般的な音域（Ambitus）は、終止音Eから上Eに加え、下に一音低いDまで広がります。終止音に次いで重要とされる主要音については議論があり、多くの理論家は6度音（C）を挙げましたが、15世紀の理論家ヨハネス・ティンクトリスは4度音（A）がそれに当たると主張しました。
また、フリギア旋法から派生したヒポフリギア旋法（文字通り「フリギアの下」）は、フリギアの構造を下方に拡張したもので、例えばGを終止音としてGから始まり、その音域はDまで下がります。
G | A B C D | (D) E F G
現代フリギア旋法
18世紀以降の現代西欧音楽において、フリギア旋法は中世フリギア旋法に基づきつつ、全音階として捉えられます。これは現代の自然的短音階（エオリア旋法とも呼ばれる）と密接に関連しています。フリギア音階と自然的短音階の最も明確な違いは、フリギア旋法が自然的短音階よりも第2音度（主音から数えて二番目の音）が半音低い点です。
例えば、Eを根音とするEフリギア旋法は、以下の音から構成されます。
Eフリギア旋法: E F G A B C D E
現代長旋法や自然的短旋法を基準とした場合、フリギア旋法の音度（スケールディグリー）は以下のようになります。
1 ♭2 ♭3 4 5 ♭6 ♭7 1 （長調スケールとの比較）
1 ♭2 3 4 5 6 7 1 （自然的短調スケールとの比較）
したがって、フリギア旋法は、根音、短二度、短三度、完全四度、完全五度、短六度、短七度、オクターブから成り立っています。音と音の間隔で記述すると、半音、全音、全音、全音、半音、全音、全音というパターンになります。
フリギア旋法の応用
フリジアン・ドミナント
フリギア旋法から派生した重要なスケールに「フリジアン・ドミナント」があります。これは、フリギア旋法の第3音度を半音上げることで作られます。
Eフリジアン・ドミナント: E F G♯ A B C D E
この旋法は「スペイン・ジプシー音階」としても知られており、フラメンコ音楽によく見られる音階構造に似ています。フラメンコでは、このフリジアン・ドミナントに似た音階や、フリギア音階そのものが頻繁に用いられます。
ジャズにおける用法
現代のジャズでは、フリギア旋法は特定のコードや響きと関連付けられて使用されます。例えば、「サスペンデッド・コード」の一種であるsus4(♭9)コードは「フリジアン・サスペンデッド・コード」とも呼ばれ、このコードの上でフリギア旋法を用いてソロ演奏が行われることがあります。
フリギア旋法が使用されている作品例
フリギア旋法は、古今東西の様々な音楽作品に見られます。
古代ギリシア:
デルフォイの賛歌（紀元前128年）
セイキロスの墓碑銘（1世紀）
中世・ルネッサンス:
ローマ聖歌のレクイエムの一部（例：「Rogamus te」）
ジョスカン・デ・プレ作曲：Missa Pange lingua、Mille Regretzなど
オルランド・ディ・ラッソ作曲：モテット「In me transierunt」
ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナ作曲：モテット「Congratulamini mihi」
バロック:
J.S.バッハのコラール作品（例：カンタータBWV 38, BWV 76中のコラール旋律）
ハインリヒ・シュッツ作曲：ヨハネ受難曲（1666年）
ディートリヒ・ブクステフーデ作曲：プレリュード イ短調 BuxWV 152
ロマン派:
アントン・ブルックナーの複数の作品（例：Ave Regina coelorum, Pange lingua, 交響曲第3番, 4番, 7番, 8番の一部）
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ作曲：トマス・タリスの主題による幻想曲
現代音楽:
ジョン・クーリッジ・アダムズ作曲：Phrygian Gates
サミュエル・バーバー作曲：弦楽のためのアダージョ、3つの歌より「I Hear an Army」
フィリップ・グラス作曲：オペラ「サティアグラハ」終盤のアリア
ポピュラー音楽:
映画「ロード・オブ・ザ・リング：旅の仲間」オープニング（ハワード・ショア作曲）
バンド：トゥール（Sober）、KORN（adidas, Faget）
ジャズ:
ギル・エヴァンス演奏：「Solea」
フリギア旋法は、その特徴的な響き、特に主音から短二度への動きによって、長い歴史を通じて多様な音楽表現に活用されてきました。
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