ペグー王朝

ペグー王朝（ハンターワディー王朝）

ペグー王朝、またはハンターワディー王朝は、13世紀末から18世紀にかけて、現在のミャンマー南部に位置するエーヤワディー川下流域を支配した国家です。その首都はペグー（現在のバゴー）に置かれました。王朝の創始者ワーレルーはシャン族系とされますが、この王朝は事実上モン族による国家と見なされており、かつて11世紀初頭に存在したモン族のタトン王国がパガン王朝に征服された後、モン族の勢力が再興されたものと考えられています。この王朝は地理的な特性から「港市国家」に分類され、海上交易を重要な基盤としていました。ただし、13世紀末にモン族王朝がどのように再興されたかについては、不明な点が多く残されています。15世紀以降のペグー王朝は、それ以前に存在したモン族国家とは性質が異なっていたと指摘されています。

歴史

王朝の歴史は、創始者であるワーレルー（本名マガドゥー）が下ビルマのタトン地方で生まれたことに始まります。マガドゥーはスコータイ王国に仕え、その働きぶりが認められて近衛隊長にまで昇りつめます。その後、スコータイの王女と故郷へ駆け落ちし、1281年にマルタバン（モッタマ）のビルマ族太守を殺害して独立を達成しました。彼は婚姻関係を通じてペグー太守タラビャーと同盟を結びましたが、後にタラビャーを排除し、下ビルマ南部を掌握します。

1287年、スコータイの支援を得てマルタバンを首都に政権を樹立したマガドゥーは、ワーレルーとして即位しました。彼はスコータイへの臣従を示す一方で、この独立によってパガン王朝は経済の要衝である海上交易の拠点を失うことになります。ワーレルーの時代には、既存の法を整理した「ワーレルー・ダンマタ」が編纂され、これはビルマに現存する最古の法典として、後世の法体系の基盤となりました。しかし、1296年、ワーレルーはタラビャーの遺子によって殺害されてしまいます。

ラームカムヘーンの死後、ペグーはスコータイへの服従を破棄し、その領土の一部を奪いました。しかし、国内では王族間の争いや反乱が頻発し、政情は不安定でした。首都マルタバンはタイ諸政権からの攻撃にさらされるようになります。1363年には王が反乱で首都を追われ、6年間を地方で過ごした後、さらに追放されるという事態に陥りました。これにより、1369年に首都はマルタバンからハンターワディー（ペグー）へと移されます。遷都後も王族間の対立は続き、最終的にラーザーディリが王位を継承しました。

ラーザーディリの治世には、アユタヤの支配下にあったタトンを奪回し、エーヤワディー川下流域の支配を確立します。1390年頃には内憂外患を克服し、政権は最盛期を迎え、アユタヤからも祝福の白象が贈られました。彼の即位とほぼ同時期に、ペグーと上ビルマのアヴァ王朝との間で大規模な戦争が始まりました。これは約40年間続き、「四十年戦争」として知られています。この戦争は農作業の合間に繰り返され、雨季には中断されました。一時的な講和や王室間の婚姻も試みられましたが、戦争は断続的に続き、互いに大きな損害を与えました。特にアヴァの王子ミンイエーチョーゾワはペグー領に深く侵攻しましたが、最終的には捕虜となり陣没しました。両国の王が相次いで没すると、戦争は終結に向かいました。

ラーザーディリの死後、王位は子孫に継がれますが、王位を巡る争いが続きました。この混乱期、ラーザーディリの娘シンソーブは一時アヴァの人質となりましたが、後に脱出して帰国し、厚遇を受けました。1453年に男系子孫が断絶すると、シンソーブが女王として擁立されました。彼女はアヴァ脱出を助けた僧侶ダンマゼーディーを重用し、国政を委ねます。シンソーブ女王の治世、ペグーはインド洋貿易の中心地として繁栄を享受しました。1472年、シンソーブはダンマゼーディーに王位を譲り、彼は還俗して女王の娘と結婚し、王位に就きました。

ダンマゼーディー王は、シュエモードー寺院を中心としたペグーの拡張を進め、多くの宗教建築を建立しました。また、王権の正当化と仏教界の浄化を目指して大規模な宗教改革を断行します。1475年、彼はセイロン島に僧侶を派遣し、彼らはカルヤーニ川で正式な具足戒を受けて帰国しました。ペグー近郊に設けられたカルヤーニ戒壇は仏教の中心となり、国内の僧侶はそこで再受戒するか、還俗かを迫られました。従来の僧侶が持っていた特権は廃止され、15,000人以上の僧侶が新たに受戒したと記録されています。また、密教的な教えを持つアラニャ教団は異端と見なされ、その活動は厳しく制限されました。アラニャ教団から没収された寺領は国家収入となり、経済の安定にも寄与しました。この改革により、ビルマ南部では上座部仏教を基盤とする政治体制が確立され、これは後世の王朝にも引き継がれましたが、後世のビルマ史書ではこの改革の評価は必ずしも高くないとされます。ダンマゼーディー王は1492年に王子によって殺害されました。

1492年に即位したビンニャー・ラン2世は、傑出した君主の一人でした。16世紀に入りポルトガル人が東南アジアに進出すると、ペグーにもヨーロッパの銃火器や傭兵が導入されます。当時のペグーを訪れたポルトガル人トメ・ピレスは、その豊かな土地と良港を称賛しました。しかし、北方で勢力を拡大していたビルマ族のタウングー王朝からの圧力が強まります。1539年、タウングー王タビンシュエーティーはポルトガル人の支援を得てペグーを占領し、ここを新たな都としました。これにより、モン族によるペグー王朝は一旦滅亡します。

18世紀に入ると、衰退したタウングー王朝に対する反乱として、ペグーでモン族の王朝が再興されました。彼らは1752年にタウングー王朝の都アヴァを陥落させるなど勢力を拡大しましたが、同年、アラウンパヤー率いるコンバウン王朝が台頭し、アヴァを奪還しました。最終的に、1757年にペグーはコンバウン軍の攻撃により陥落し、モン族による最後のペグー王朝は滅亡しました。1598年から1599年にかけての破壊は特に深刻で、都市の復興を困難にするほどの打撃を与えたと言われています。

社会と経済

ペグー王朝では、軍の司令官が国王に次ぐ高位にあり、ダゴンやマルタバンの総督がこれに続きました。行政の基本単位は「ミョウ」と呼ばれる城壁都市で、王朝は主要な支配領域をモッタマ、ハンターワディー（ペグー）、バセインの3州に分け、それぞれが多数のミョウを含んでいました。これらの州はバンヤと呼ばれる首長によって統治され、比較的高い独立性を持ち、独自に海外との交易を行っていました。

経済面では、港市国家として東南アジアやインドとの海上交易で繁栄しました。15世紀末の宗教改革は、この経済的な豊かさを背景に行われたとされています。16世紀初頭には、ガンサという粗金属や貝貨が貨幣として流通していましたが、後に銀貨や鉛貨も導入されました。交易港はマルタバン、ペグー（外港ダゴン）、バセインがあり、外国船は有利な港を選んで寄港しました。特にペグーのダゴンは、インド系の商人が交易を統制していました。ポルトガル、ギリシャ、ヴェネツィアなど、ヨーロッパからアジア各地の船が訪れ、ペグーの港では12%の交易税が課されました。輸入品には陶器、水銀、銅、織物などがあり、特に赤い染料で染められた織物は国内で産出されなかったため珍重されました。輸出品としては米、ラック、香料、貴金属、陶磁器などがあり、米は重要性を増していきました。これらの交易品は主にシッタウン川を通じて上ビルマやタイ北部から運ばれました。ペグー王朝は交易品を安定的に供給するため、上ビルマの支配を強く望んでいました。また、マルタバンには豊富なチーク材を活かした造船所があり、建造された船はマラッカ商人などを通じて広く東南アジア各地に流通しました。

文化

ペグー王朝の文化については、モン語による文学や文化の復興に関わる動向に不明な点が多いとされています。15世紀の碑文に見られるモン文字は、11-12世紀のものとは異なる特徴を持っています。14世紀末から続いたアヴァとの戦争は文化の発展を一時的に停滞させましたが、和平成立後には再び発展が見られました。ラーザーディリ王は士気を高める詩文などを熱心に学んだと伝えられています。シンソーブ女王とダンマゼーディー王の治世には、モン語文学やモン文化がより発展したと考えられています。歴代の王は、シュエダゴン・パゴダの増築に貢献し、ダンマゼーディー王はシュエモードー寺院に菩提樹と鐘を寄進するなど、仏教建築への貢献も見られました。

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