ラームカムヘーン

ラームカムヘーン大王：スコータイ王朝を築いた名君

ラームカムヘーン（Ram Khamhaeng、タイ語: พ่อขุนรามคำแหงมหาราช）は、タイの歴史において最も重要な人物の一人です。スコータイ王朝の第三代君主として、地方政権に過ぎなかったスコータイを、広大な領域を支配する大国へと発展させました。その卓越した功績から「大王（マハーラート）」の尊称で呼ばれ、タイ史上最高の王（タイ三大王）の一人に数えられています。タイで発行される20バーツ紙幣の裏面にも、彼の肖像が用いられています。

生涯

スコータイ王朝の建国者シー・インタラーティットの三男として生まれたラームカムヘーンは、若い頃から武芸に秀でていました。1250年代末、タークの帰属を巡るチョート国との戦いでは、王子でありながら自ら戦象を駆り、ジョート国王クン・サームチョンとの一騎打ちに勝利。その功績を称えられ、父王から「ラーマのような強者」を意味する「ラームカムヘーン」の名を与えられました。兄バーン[[ムアン]]の治世下では副王としてシー・サッチャナーライに赴任し、1279年頃、兄の死後に王位を継承しました。

ラームカムヘーンの治績は、「ラームカムヘーン大王碑文」に詳しく記されています。碑文によると、彼は国民の生活に深く配慮し、民族に関わらず全ての国民が恩恵を享受できるような政治を行ったとされています。スコータイでは商売の自由が認められ、故人の財産は全て子に相続されました。また、犯罪被害者は国王に直接訴え出る機会が与えられ、国王が自ら判決を下す制度は、後のチャクリー王朝まで存続しました。碑文の中でラームカムヘーンは「ポークン（父）」と呼ばれており、彼の温情主義的な施政は、ラーマ9世（プミポーン）やサリット・タナラットなど、後世のタイの王や政治家にも影響を与えました。

ラームカムヘーン大王碑文

「ラームカムヘーン大王碑文」として知られる「スコータイ第一刻文」は、1292年に作成された、タイ語で記された最古の碑文です。1833年にラーマ4世（モンクット）によって発見・解読され、スコータイ王朝の研究が進むきっかけとなりました。ラームカムヘーンは1283年にクメール文字を基にタイ文字を考案したとされており、碑文にはその文字が使われています。碑文には、スコータイが豊穣な土地を有する牧歌的な国家として描かれており、現在のタイ社会や文化のルーツを知る上で非常に重要な資料とされています。しかし、碑文が19世紀の偽作であるという説も存在します。

外交

ラームカムヘーンは、近隣諸国に対しては同盟を締結し、対立する国家を中立化させる外交政策を採りました。1287年には、北方のラーンナー王朝やパヤオ王国と同盟を結び、北方の安全を確保しました。また、かつてスコータイの軍人だったワーレルーがペグー王朝を建国すると、彼を支援し、ペグー王朝はスコータイに臣従を誓い、スコータイの西側の安全も確保されました。

スコータイ王朝の支配範囲は、ラームカムヘーンの在位中に最大となり、北はプレー、ナーン、ルアンプラバン、南はカムペーンペット、ナコーンサワン、スパンブリー、ペッブリー、ナコーンシータンマラート、東はピサヌローク、ロムカオ、ヴィエンチャン、西はメーソート、ペグー、テナセリム、マルタバンに及びました。ただし、これらの地域は必ずしもスコータイの完全な支配下にあったわけではなく、ナーン、ルアンプラバン、ヴィエンチャン、ナコーンシータンマラートなどは非タイ人の領主によって統治され、貢納と兵士の提供と引き換えに自治を認められていました。スコータイと外部の小規模なムアン（地方政権）の間には、ラームカムヘーンの指導力と人望のもと、貢物、労働力、軍事力の提供と引き換えに保護を受けるという関係が成立していました。このような、中心部から周辺部に向かうほど支配者の権威が弱くなる国家形態は「マンダラ国家」と呼ばれ、スコータイの他にも東南アジアの多くの国で見られました。マンダラ国家は、国王の素質によって支配領域が拡大したり縮小したりする特徴があります。ラームカムヘーンの死後、スコータイ従属下のムアンは次々と独立していき、スコータイの勢力は縮小しました。

元朝との関係

ラームカムヘーンの治世下では、スコータイと元朝との間に外交関係が築かれました。1282年に元の使節がスコータイを訪問し、1292年にはスコータイから初めて元への使節団が派遣されました。その後も使節団の派遣が続き、1297年には王子ルータイが使節団長として元を訪れ、元の皇帝から衣服を賜りました。1300年に派遣された使節団は中国から多数の陶工を連れ帰り、スコータイやスワンカロークでは、中国の技術を取り入れた陶器（宋胡禄焼き）の製造が始まりました。宋胡禄焼きはインドネシアやフィリピンへ輸出され、日本にも安土桃山時代にもたらされました。

上座部仏教の受容

ラームカムヘーンは上座部仏教を深く信仰しました。マレー半島を行幸した際、セイロン島から帰国した僧侶の説法に触れて上座部仏教に帰依し、その教えを広めました。ナコーンシータンマラートの僧侶たちは各地で布教活動を行い、セイロン島との間で使節団の交流が行われました。その際、セイロンからスコータイにシヒン仏が贈呈されました。ラームカムヘーンは自らも仏教の教えを説き、寄進を行うなど、仏教の保護に尽力しました。彼の行った仏教保護事業は、後のタイの諸王朝にも引き継がれ、王権強化の一翼を担いました。

ラームカムヘーンは、その卓越した政治手腕と文化的な功績によって、タイ史上最も偉大な王の一人として後世に語り継がれています。

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