マーティン・フロビッシャー

サー・マーティン・フロビッシャー

サー・マーティン・フロビッシャー（Sir Martin Frobisher、1535/1539年頃 - 1594年11月15日）は、16世紀後半のイングランドで活躍した著名な航海者、探検家、そして私掠船船長でした。彼の生涯は、大航海時代の冒険と、富への渇望、そして国家への貢献が織り交ざった波乱に満ちたものでした。

荒海の洗礼：私掠船船長への道

ヨークシャーの旧家に生まれたフロビッシャーは、早くに父を亡くし、ロンドンの叔父サー・ジョン・ヨークのもとで教育を受けました。正規の学問にはあまり秀でませんでしたが、その勇敢さは叔父に認められ、船乗りの道に進みます。1550年代には叔父が出資するギニアへの航海に参加し、困難な状況を生き抜きました。翌年の航海ではポルトガルに捕らえられ、数ヶ月間囚われの身となるなど、若き日から危険と隣り合わせの日々を送ります。

ギニアから帰国後、彼は私掠船船長として活動を開始します。大胆不敵な手腕でフランス船などを襲撃し、多大な富をイングランドにもたらしましたが、その活動は時に海賊行為と見なされ、スペイン国王フェリペ2世にまで知れ渡り、ジョン・ホーキンスと並んでイングランドの海賊として恐れられる存在となりました。

やがて、その能力と悪名はエリザベス1世女王の耳にも届き、彼は国家のための任務に就くようになります。1571年にはアイリッシュ海での警備活動を任され、敵対国の船舶を襲う一方で、女王が進めるアイルランド征服のための軍事支援にも貢献しました。

北西航路への夢と幻の黄金

1560年代頃から、フロビッシャーはアジアへの最短航路とされる北西航路の探索に強い関心を抱くようになります。サー・ハンフリー・ギルバートの著作に影響を受け、北米大陸を迂回して中国（キャセイ）やインドに至る航路が存在すると確信した彼は、資金調達のためにロンドンの有力者たちに働きかけました。そして、北東航路探検で実績のあったモスクワ会社を説得し、その探検免許を得ることに成功します。モスクワ会社の支援を受け、彼はわずか3隻の小型船、総勢39名の船団を編成しました。

第一回航海（1576年）

1576年6月、エリザベス1世の見送りを受けてロンドンを出帆したフロビッシャー一行は、大西洋を西進します。厳しい嵐の中で船団の一部を失いながらも、ガブリエル号で現在のカナダ・バフィン島付近に到達。レゾリューション島を発見し、上陸後、現在のフロビッシャー湾へと入ります。彼はこれを海峡と信じ、「フロビッシャー海峡」と名付けましたが、実際は湾でした。湾内でのイヌイットとの遭遇は、部下5人の失踪という悲劇をもたらしました。捜索は実を結ばず、彼はイヌイットの案内人を捕虜として連れ帰りました。

この航海で持ち帰られた「黒い石のかけら」は、金属分析家からは当初注目されませんでしたが、一部の専門家が金を含むと示唆したことから、更なる航海の期待が高まります。

第二回航海（1577年）

金への期待は募り、翌1577年には女王からの資金援助と海軍艦エイド号の提供を受け、「キャセイ会社」が設立されました。前年より大規模な船団（3隻、150名）が編成され、再びフロビッシャー湾を目指します。今回の目的は、当初の北西航路探索よりも、金鉱石の採集に重点が置かれました。湾南岸の領有を宣言し、数週間にわたり大量の鉱石を採集します。イヌイットとの関係は緊張し、彼らは3名のイヌイットを捕虜としてイングランドへ連行しました。

200トンに及ぶ鉱石はイングランドに持ち帰られ、分析が試みられましたが、その価値をめぐって論争が起こります。製錬技術者は低価値だと判断しましたが、出資者たちはそれを認めず、三度目の航海が計画されます。

第三回航海（1578年）

鉱石の真価が不明確なままでしたが、女王を含む出資者の期待は高く、今回は恒久的な植民地建設とさらなる鉱石採集を目的とした、15隻からなる巨大船団（旗艦エイド号を含む）が組織されました。女王は自らのネックレスをフロビッシャーに与え、期待をかけます。

航海の途中、フロビッシャーはグリーンランドをフリーズランドという実在しない島と信じ、「ウエスト・イングランド」と名付けて領有を宣言しました。フロビッシャー湾入り口付近では海氷と悪天候に阻まれ、船を1隻失う損害を被ります。船団は南へ流され、偶然、現在のハドソン海峡を発見しました。フロビッシャーは当初これを自身の名を冠した海峡と混同しましたが、後にこれが別の海峡であると認め、北西航路につながる可能性を示唆しました。

ようやくフロビッシャー湾に集結した一行は、植民地建設と鉱石採集に取り組みますが、資材不足と厳しい環境から植民地建設を断念せざるを得ませんでした。それでも前回を上回る1000トンもの鉱石を満載し、10月初旬にイングランドへ帰還します。

持ち帰られた大量の鉱石は製錬されましたが、最終的にそれは金ではなく、見かけが金に似た無価値な黄鉄鉱、いわゆる「愚者の黄金」であることが判明します。この大失敗によりキャセイ会社は破綻し、鉱石は道路の舗装材として使われることとなりました。

海軍での名誉と最期

探検家としてのキャリアが暗礁に乗り上げた後、フロビッシャーは1580年にイングランド海軍に入り、対スペイン戦線で活躍します。1585年にはサー・フランシス・ドレークの西インド諸島遠征に副官として参加し、スペイン植民地への攻撃で成果を上げました。

そして1588年、スペイン無敵艦隊とのアルマダの海戦に司令官の一人として参戦します。イングランド最大のガレオン船トライアンフ号を率いてスペイン艦隊に果敢に挑み、その功績が認められてナイトの爵位を叙せられました。

1591年に故郷に戻り再婚し大地主となりますが、再び海を求め、英西戦争に参加します。1592年にはサー・ウォルター・ローリーの遠征隊に加わりました。1594年、フランスのブレスト攻略作戦に参加した際、クロゾン要塞への攻城戦で銃弾を受け負傷。プリマスへ搬送されましたが、手当てが悪く、同年11月15日にその生涯を閉じました。遺体の一部はプリマスに、残りはロンドンに埋葬されました。

サー・マーティン・フロビッシャーは、富と名誉を求め、勇敢さと時に無謀さをもって北西航路や新大陸を探検した人物であり、また国家の危機には海軍指揮官として貢献した、大航海時代を代表するイングランドの英雄の一人として名を刻んでいます。

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