ムツェンスク郡のマクベス夫人 (オペラ)

概要

「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は、ドミートリイ・ショスタコーヴィチが1930年から1932年にかけて作曲した全4幕9場からなるオペラです。原作はニコライ・レスコフの同名小説（1864年執筆）で、ショスタコーヴィチ自身がアレクサンドル・プレイスと共同で台本を作成しました。

ショスタコーヴィチにとって2作目のオペラであり、20代半ばの若き才能が注ぎ込まれた力作です。しかし、後に「プラウダ批判」によって上演が禁止され、1962年に「カテリーナ・イズマイロヴァ」として改訂されました。

作曲の経緯

1930年1月、最初のオペラ「鼻」が初演された後、ショスタコーヴィチは次のオペラの題材を探していました。友人のボリス・アサフィエフからレスコフの小説「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を勧められたことが、作曲の直接的なきっかけとなりました。ただし、ショスタコーヴィチは1920年代頃から原作を知っていたようです。

台本は前作「鼻」でも協力したアレクサンドル・プレイスと共同で作成し、1930年秋に作曲を開始、1932年に全曲が完成しました。各幕の作曲期間は以下の通りです。

第1幕: 1930年10月4日着手 - 1931年11月5日完成（チフリスにて）
第2幕: 1931年11月19日着手（レニングラードにて）- 1932年5月8日完成（モスクワにて）
第3幕: 1932年4月5日着手（レニングラードにて）- 1932年8月15日完成（ガスプラにて）
第4幕: 1932年10月末着手 - 12月17日完成

当初3～4ヶ月で完成する予定でしたが、実際には大幅に前倒しで完成しました。

初演

1933年、初演の準備が1年かけて行われ、1934年1月22日にレニングラードのマールイ劇場（現ミハイロフスキー劇場）にて、サムイル・サモスードの指揮で初演されました。初演は大成功を収め、レニングラードとモスクワの劇場で2年間で83回の上演を記録しました。さらに、アメリカや西欧諸国でも上演されるなど、国際的な広がりを見せました。

しかし、その過激な内容から、アメリカでは「ポルノフォニー」「寝室オペラ」と酷評されるなど、スキャンダルに発展することもありました。また、ストラヴィンスキーも「リブレットは嫌悪感をもよおさせる」と評しています。本国でも、従来のオペラとは異なる内容に賛否両論が起こりました。

初演当時はショスタコーヴィチの作曲家としての地位を不動のものとするほどの大成功を収めましたが、批判もあったものの、「作品の生命力はすべてに説得力があり、ストレートに魅せられる」と、その音楽的な魅力は広く認められていました。

プラウダ批判

1936年1月初旬、マールイ劇場がモスクワで本作を上演中、ショスタコーヴィチも滞在していました。同時期、ネミローヴィチ＝ダンチェンコ音楽劇場では「カテリーナ・イズマイロヴァ」と改題して上演、ボリショイ劇場でも前年12月から上演していました。そのため、1936年1月のモスクワでは3つの劇場で本作が上演され、ショスタコーヴィチの作品一色となっていました。

そんな中、1月26日、ヨシフ・スターリンが側近と共にボリショイ劇場で「マクベス夫人」を観劇しました。劇場関係者は称賛を期待しましたが、スターリンは第3幕の途中で席を立ちました。不安を抱えたショスタコーヴィチは、別の演奏会のためアルハンゲリスクへ向かいました。

2日後の1月28日、共産党中央委員会機関紙「プラウダ」に「音楽のかわりに荒唐無稽」と題する批判記事が掲載されました。アルハンゲリスクで事態を知ったショスタコーヴィチは冷静でしたが、スターリンの逆鱗に触れたことで、身の危険を感じたため、本作はレパートリーから外され、20年以上にわたり事実上の上演禁止となりました。

カテリーナ・イズマイロヴァ

上演禁止から20年後の1956年、ショスタコーヴィチはこのオペラの改訂に着手し、「カテリーナ・イズマイロヴァ」（作品114）として改訂稿を完成させました。上演許可は1963年に下り、同年1月8日にモスクワのネミローヴィチ＝ダンチェンコ劇場で初演されました。

改訂版では、打楽器などの刺激的なオーケストレーションが避けられましたが、新たに書かれた間奏曲などでは、旧版よりも優れた音楽的効果を発揮しています。歌詞も、旧版の卑俗な表現が上品で刺激の少ない表現に書き換えられました。演奏時間は旧版とほぼ同じです。

題名や作品番号の違いなどから、作曲家の諸井誠は「『ムツェンスク郡のマクベス夫人』と『カテリーナ・イズマイロヴァ』は同一作品ではないとする説が有力になっている」と述べています。

1966年には、このオペラの映画版も制作されました。内容は約2時間にカットされ、主役のカテリーナを演じるソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤの歌唱と、コンスタンティン・シモノフの指揮によるキエフ歌劇場管弦楽団の演奏を元に撮影されました。演技は主役を除いて、全て俳優によるものです。

2つの組曲

本作では、終幕を除き、幕間に機知に富んだ間奏曲が挟まれています。ショスタコーヴィチはこれらの間奏曲から、2つのオーケストラ組曲を編纂しています。

交響組曲 作品29a
全3曲。オペラ完成直後の1932年に編曲されました。
長らく存在が知られていませんでしたが、研究家によって楽譜が発見されました。
3つの楽曲は全て間奏曲から採られており、音楽自体は『5つの間奏曲』と同じです。
演奏時間は約6分です。

5つの間奏曲 作品114a
全5曲。改訂版「カテリーナ・イズマイロヴァ」から編曲されました。
演奏時間は約17分です。

楽器編成

木管楽器: ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、E♭管クラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット
金管楽器: ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ
打楽器: ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、シロフォン、ウッドブロック、グロッケンシュピール、フレクサトーン
弦楽器: 弦五部
その他: チェレスタ、ハープ2
バンダ: E♭コルネット4、B♭コルネット4、トロンボーン4、アルトホルン4、テノールホルン4、バリトン4、バス4

登場人物

（省略）

演奏時間

約2時間35分（第1幕：50分、第2幕：50分、第3幕：25分、第4幕：30分）
休憩は第1幕と第2幕の後の2回が多いです。

あらすじ

第1幕
カテリーナは、夫との愛のない生活に傷心の日々を送っています。使用人のセルゲイに心を奪われ、不倫関係になります。その様子を目撃した舅は激怒し、報復を仄めかします。

第2幕
カテリーナは、舅を毒殺し、帰宅した夫もセルゲイと共謀して殺害します。ボリスの亡霊に悩まされながら、セルゲイと逢瀬を重ねます。

第3幕
カテリーナとセルゲイの結婚式が行われますが、死体が発見され、二人は逮捕されます。この幕は、コミカルな要素を含み、劇中の息抜きとなっています。

第4幕
シベリアに流刑となったカテリーナは、セルゲイの愛を求めますが、裏切られます。絶望したカテリーナは、別の女囚を道連れに湖に身を投げます。劇的なクライマックスを迎えます。

備考

タイトルの「マクベス夫人」は、主人公をシェイクスピアの悲劇「マクベス」に登場するマクベスの妻になぞらえたものです。ショスタコーヴィチは、女性を主人公とした4部作オペラを計画していましたが、本作の大成功に気を良くし、この作品を第1作としました。しかし、「プラウダ批判」により、計画は実現しませんでした。

1978年には、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の初演原典版による初の全曲録音が行われました。指揮はムスティスラフ・ロストロポーヴィチです。

ドイツでは人気が高く、ドイツ語版も上演されています。日本初演は1992年のケルン歌劇場の来日公演によるドイツ語版でした。1994年に演奏会形式で、1996年にキーロフ・オペラの来日公演でオペラ形式でロシア語による日本初演が行われました。

2006年には、アムステルダムの歌劇場で現代劇風の演出による映像作品が収録されています。

2008年には、東京歌劇団が初の日本人キャストによる公演を行いました。

参考文献

（省略）

外部リンク

（省略）

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