ヤクブ・ベク

ヤクブ・ベクとは

ヤクブ・ベク（1820年 - 1877年5月30日）は、19世紀に中央アジアで活躍したウズベク人の軍人であり、指導者です。コーカンド・ハン国出身で、清朝末期の混乱に乗じて東トルキスタンに侵入し、タリム盆地一帯を支配下に置きました。彼の支配下にあった地域は「カシュガル王国」とも呼ばれます。

生涯

1864年、東トルキスタン各地でムスリムが清朝支配に対する大規模な反乱（回民蜂起）を起こすと、ヤクブ・ベクはコーカンド・ハン国の軍人として、翌年兵を率いてタリム盆地に進出しました。

タリム盆地制圧

ヤクブ・ベクは、カシュガル、エンギシェールなどの清軍駐屯兵を破り、1866年にはヤルカンド、ホータンを占領。1870年には東部のトルファン、さらには天山山脈を越えたウルムチをも攻略し、1871年にはイリ地方をも占領しました。これにより、清朝の勢力を東トルキスタン主要部から駆逐することに成功しました。

イギリスとロシアの関与

当時、中央アジアの覇権を巡り、イギリス帝国とロシア帝国は対立していました（グレート・ゲーム）。ヤクブ・ベクは、この状況を利用し、イギリス領インドから大量の武器援助を受けました。1874年にはイギリスと条約を結び、カシュガルにイギリス領事が常駐しました。この条約により、ヤクブ・ベクはカシュガルとヤルカンドのアミールと称し、彼の王国は「カシュガル王国」と呼ばれるようになりました。また、ヤクブ・ベクは西トルキスタンのブハラ・ハン国やオスマン帝国とも外交関係を結び、特にオスマン帝国からはアミールに任じられるなど、一定の成果を得ました。

イスラーム的価値の重視

ヤクブ・ベクは、イスラーム的な価値を重視し、それを強調することで地元住民からの支持を得ようとしました。モスクや聖者廟の保護や寄進を積極的に行うなど、イスラーム文化の振興に力を注ぎました。

清朝による討伐

1876年、清朝は左宗棠を欽差大臣に任命し、8万9000の兵力を率いてヤクブ・ベク討伐に乗り出しました。同年6月、清軍とヤクブ・ベクの軍勢は黒溝駅で激突し、ヤクブ・ベク軍は大敗を喫しました。ヤクブ・ベクが死守しようとしたウルムチなどの要衝も次々と陥落しました。1877年には、清軍はトルファンを制圧。

ヤクブ・ベクの死

ヤクブ・ベクはトルファン陥落の報を聞き、1877年5月30日にコルラにおいて服毒自殺したとされています。彼の死後、カシュガル王国は急速に崩壊へと向かいました。

ヤクブ・ベク没後の動向

ヤクブ・ベクの死後、清軍は勢いを増し、同年11月にはカシュガルを制圧しました。1878年には東トルキスタンは清朝によって再征服され、ヤクブ・ベクが築いた王国は滅亡しました。

リヴァディア条約とイリ条約

その後、清朝はロシアとの間で、イリ地方を巡る交渉を行いました。1879年にはリヴァディア条約が締結されましたが、この条約はロシアに有利な内容であり、清国内では大きな反発を招きました。最終的には1881年にイリ条約が締結され、イリ地方の一部がロシアに割譲されることとなりました。

ヤクブ・ベクの歴史的意義

ヤクブ・ベクは、19世紀の中央アジアにおいて、一時期とはいえ広大な地域を支配し、独自の王国を築き上げた人物として、歴史に名を残しています。彼の興亡は、当時の国際情勢、特にイギリスとロシアの対立（グレート・ゲーム）と深く結びついており、東トルキスタンの歴史を考える上で重要な要素となっています。また、彼のイスラーム的価値の重視は、この地域の文化や社会に大きな影響を与えました。



参考文献

今谷明『中国の火薬庫——新疆ウイグル自治区の近代史』集英社、2000年。ISBN 978-4087811889
陳舜臣『熱砂とまぼろし——シルクロード列伝』角川書店、1994年。ISBN 978-4620105017

外部リンク
片岡一忠「新彊省の成立について」『歴史研究』第7-8号、大阪教育大学歴史学研究室、1969年、117-138頁、ISSN 03869245、NAID 120001060379
Demetrius Charles Boulger, The life of Yakoob Beg; Athalik Ghazi, and Badaulet; Ameer of Kashgar, London: Wm.H. Allen & Co., 1878 (Open Library)

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