ヤコポ・サンナザーロの肖像

ティツィアーノ作『ヤコポ・サンナザーロの肖像』

この絵画は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1514年から1518年頃に制作したと推測される油彩画です。以前はジョヴァンニ・ボッカッチョやアレッサンドロ・デ・メディチの肖像とされていましたが、現在では詩人であり人文主義者のヤコポ・サンナザーロを描いたものとされています。この作品は、かつてイングランド国王チャールズ1世のコレクションに属し、現在はロンドンのバッキンガム宮殿にあるロイヤル・コレクションに所蔵されています。

モデル：ヤコポ・サンナザーロ

ヤコポ・サンナザーロは、1458年にナポリ王国の貴族の家に生まれました。彼は生涯を通じてナポリに住み、ナポリ国王フェルディナンド1世の宮廷詩人として活躍しました。また、人文主義者ジョヴァンニ・ポンターノのアカデミーに所属し、ポンターノの死後はその中心的な存在となりました。サンナザーロの代表作である『アルカディア』は、愛、詩、郷愁をテーマにした牧歌劇で、イタリア国内外で大きな成功を収めました。この作品は、ジョルジョーネやティツィアーノの風景画、さらにはエドマンド・スペンサー、フィリップ・シドニー、ウィリアム・シェイクスピアといった後世の詩人や劇作家に大きな影響を与えました。

サンナザーロは15世紀の混乱した言語を克服し、国民精神と趣味を備えたイタリア語の形成に貢献した人物としても知られています。

作品の特徴

この肖像画は、かつてボッカッチョやアレッサンドロ・デ・メディチの肖像とされていましたが、1895年に美術史家ゲオルク・グロナウによってサンナザーロを描いたものであると提唱されました。この説は、リバプールのウォーカー・アート・ギャラリーに所蔵されている初期の複製の碑文「シンセルス・サンザリウス（Sincerus Sannzarius）」によって裏付けられました。また、「アクティウス・シンケルス」（Actius Sincerus）はサンナザーロの別名としても知られています。

サンナザーロの作品はヴェネツィアで出版され、ヴェネツィアの人文主義者ピエトロ・ベンボと文通するなど、ヴェネツィアとのつながりが深かったことから、ヴェネツィアの人物が彼の肖像画をティツィアーノに依頼したとしても不自然ではありません。

制作年代

制作年代は1511年頃から1520年代初頭まで諸説ありますが、モデルの服装や髪型から1513年頃に近い時期と推定され、1520年以前であることは確実視されています。この作品は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの『キルトの袖をつけた男の肖像』(1510年頃)と、ルーヴル美術館の『手袋を持つ男』(1523年頃)の間に位置づけられ、半身像や欄干の使用といった点で、ナショナル・ギャラリーの作品に近いとされています。

グロナウは、この作品がウィーンの美術史美術館にある『医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像』(1511年頃)と同様の様式を備えており、ティツィアーノの初期のジョルジョネスク様式から独自のスタイルへと移行する過渡期を示していると指摘しました。

ただし、肖像画の男性が30代に見えるのに対し、制作当時のサンナザーロは50代半ばであったため、実年齢と容姿が一致しないという問題点も指摘されています。しかし、ティツィアーノが『イザベラ・デステの肖像』を制作する際、60代のイザベラ・デステを以前の肖像画に基づいて30歳も若返らせて描いたという逸話があり、サンナザーロも同様の手法で描かれた可能性があります。

作品の分析と評価

グロナウは、ティツィアーノ初期の人物単体の肖像画を比較し、ティツィアーノがモデルの手をその人格の本質的な特徴として活用していると指摘しました。この作品では、モデルは鑑賞者に見える唯一の手を欄干の上に置かれた本に挟み、視線は宙を彷徨っています。このことから、彼が人文主義者、作家、文学者であることが示唆されます。

批評家のチャールズ・リケッツは、1910年にこの作品を高く評価しました。彼は、「『アレッサンドロ』（この肖像画のこと）は、ティツィアーノの最高の肖像画の中でも比類ない作品である」と述べ、汚れや古いワニスが除去されて良好な状態であることを賞賛しました。また、ジョシュア・レノルズがティツィアーノの肖像画で賞賛した荘厳な特質をよく表しており、ウィーンの『医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像』、ルーヴル美術館の『黒衣の男』、『手袋を持つ男』と並ぶ最高級の作品だと評価しました。

この肖像画は、コルネリス・ファン・ダーレン2世のエングレーヴィングによって広く知られるようになりました。

来歴

初期の来歴は不明ですが、この肖像画は17世紀にチャールズ1世のコレクションに属していたとされています。チャールズ1世の処刑後、この作品は第2代オランダ東インド会社総督ヘラルド・レインストの手に渡り、彼の死後、オランダおよび西フリースラント州が取得し、1660年にチャールズ2世に贈呈されました。

ギャラリー

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参考文献

Whitaker, Lucy; Clayton, Martin (2007). The Art of Italy in the Royal Collection: Renaissance & Baroque. St James's Palace, London: Royal Collection Enterprises Ltd.
Gronau, Georg (1904). Titian. London: Duckworth and Co; New York: Charles Scribner's Sons.
Ricketts, Charles (1910). Titian. London: Methuen & Co. Ltd.

外部リンク

ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト,ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ヤコポ・サンナザーロの肖像』

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