ヤビツ峠

ヤビツ峠（ヤビツとうげ）

ヤビツ峠は、神奈川県秦野市寺山地区に位置する海抜761メートルに達する峠です。ここを神奈川県道70号秦野清川線が通っており、表記には「矢櫃」が用いられることもありますが、一般的にはカタカナの「ヤビツ峠」が広く使われています。

概要

丹沢山地において、ヤビツ峠は一般車両が南北方向に行き来できる数少ない峠の一つであり、特に県道として整備されている場所としては唯一の存在です。同じく丹沢山地を南北に貫く車道として犬越路がありますが、こちらは犬越路隧道に至る林道区間が一般車両の通行を原則禁止しており、落石や崩落の危険も伴うため、徒歩での通行にも十分な注意が必要です。

峠を挟んで、秦野市街方面へ下る道は通称「表ヤビツ」、宮ヶ瀬湖方面へ向かう道は「裏ヤビツ」と呼ばれています。表ヤビツは比較的距離が短い一方、最大で10パーセント程度の勾配がある急坂が連続するのが特徴です。この表ヤビツの途中には「菜の花台」という休憩スポットが設けられており、駐車場、公衆トイレ、そして相模湾を一望できる木造の展望台が整備されています。しかし、菜の花台周辺の県道では、以前からいわゆる「走り屋」と呼ばれる人々が集まり、ドリフト走行や道路施設の破壊といった迷惑行為が問題化しており、自治体は対策に苦慮しています。一方、裏ヤビツと呼ばれる宮ヶ瀬湖方面の道は、全体的に道幅が狭く、対向車とのすれ違いが難しい区間が多く見られます。

公共交通機関を利用する場合、小田急小田原線秦野駅北口から神奈川中央交通西の路線バスが出ており、この峠が塔ノ岳（表尾根ルート）や大山への主要な登山道の起点となっているため、休日には多くの登山客で賑わいます。さらに、ヤビツ峠は自転車愛好家の間ではヒルクライム（坂道登攀）の練習場所としても絶大な人気を誇り、神奈川県に所属する競輪選手がトレーニングに取り入れるほどです。その一方で、多くの自転車利用者が訪れることによる交通安全上の懸念も地元住民から指摘されており、沿道には自転車のマナー向上や安全走行を促すための注意喚起の掲示が多く設置されています。

伝承

「ヤビツ」という地名については、戦国時代、甲斐国の武田信玄と小田原の後北条氏が相模国で激突した三増峠の戦い（1569年）にまつわる伝承があります。この戦いで使用された「矢櫃」（やびつ、矢を入れるための箱）が、ヤビツ峠の西側に位置する旧峠道を改修した際に発見されたことが、地名の由来になったという説が語られています。

また別の伝承では、合戦で命を落とし飢え死にした兵士たちの亡霊が餓鬼となって峠をさまよい、食料を求めているとされます。そのため、この峠を越えようとする旅人は突然激しい空腹感に襲われ、歩行が困難になることがあると言われ、峠を無事に通過するためには、食べ物を供える必要があるとも伝えられています。

通過する道路とアクセス

ヤビツ峠を通過する主要な道路は、神奈川県道70号秦野清川線です。

自家用車でアクセスする場合、秦野方面からは国道246号線の「名古木（ながぬき）」交差点から神奈川県道70号に入ります。宮ヶ瀬湖方面からは、神奈川県道64号伊勢原津久井線の「宮ヶ瀬北原」交差点から県道70号に進むルートとなります。

バスを利用する場合、小田急小田原線秦野駅北口の4番乗り場から出発する神奈川中央交通西の「秦21 ヤビツ峠行」に乗車し、終点の「ヤビツ峠」バス停で下車します。ただし、バスの本数は少なく、平日が1日2往復、土休日が1日5往復（多客期には臨時便が増便される場合があります）に限られています。

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