ヴィクトリー (戦列艦)

イギリス海軍の象徴、戦列艦ヴィクトリー

ヴィクトリー（HMS Victory）は、イギリス海軍が誇る104門搭載の一等戦列艦です。1805年のトラファルガー海戦において、ホレーショ・ネルソン提督の旗艦として、仏西連合艦隊に果敢に挑んだことで世界的に有名です。しかし、その歴史はトラファルガー海戦だけではありません。数々の提督が座乗し、激戦を戦い抜いてきた、まさに生ける歴史とも言える存在です。現在はポーツマスに係留され、記念艦として一般公開されています。

建造の背景

1758年12月、当時のイギリス首相であった大ピットが、12隻の軍艦建造を提議しました。その中に含まれていたのが、後のヴィクトリーです。18世紀に建造された一等戦列艦はわずか10隻であり、ヴィクトリーはその一隻として特別な存在でした。設計は、1756年に進水した一等艦ロイヤル・ジョージの設計図を基に、トーマス・スレードが担当しました。チャタム工廠では、ヴィクトリー建造のために乾ドックが準備され、1759年7月23日に竜骨が据えられました。1760年10月には「ヴィクトリー」という艦名が選定されました。

この名称にはいくつかの説があり、1759年の七年戦争におけるイギリスの勝利を記念したという説や、候補リストの中で他の艦に使われていなかったのが「ヴィクトリー」だけだったという説があります。しかし、先代のヴィクトリーが乗組員全員とともに失われていたため、この命名に疑問を呈する声もありました。

一度フレームが組み上がると、通常は覆いが取り付けられ、木材の乾燥と調整が行われますが、ヴィクトリーは七年戦争終結の影響で、骨組みだけの状態で約3年間放置されました。しかし、この長期間の乾燥が、後の長寿命につながったとする説もあります。1763年秋に建造は再開され、1765年5月7日に進水しました。建造費は63,176ポンド3シリングで、現在の価値に換算すると約779万ポンド(日本円で約11億円)に相当します。使用された木材は6000本に及び、その9割がオーク材でした。

進水の際、船大工のハートリー・ラーキンは、船がドックのゲートを通過できないことに気付きます。計測の結果、ゲートが約24cm狭いことが判明。急遽、大勢の船大工が集められ、ゲート周囲を削り、何とか船を無事に通過させました。進水後、ヴィクトリーはフランスがアメリカ独立戦争に介入するまで、13年間メドウェイ川に係留されました。

1778年3月、ジョン・リンドセイ艦長の指揮下で試験航海が行われました。その後、オーガスタス・ケッペル提督の旗艦となり、多くの艦長が乗艦することとなります。

武装と変遷

ヴィクトリーは鉄製の鋳造砲で武装しており、当初は下甲板に42ポンド砲30門、中甲板に24ポンド砲28門、上甲板に12ポンド砲30門、船首楼と後甲板に6ポンド砲12門を搭載していました。しかし、1778年5月には42ポンド砲が32ポンド砲に変更され、1779年4月には再び42ポンド砲に戻りました。最終的に1803年には32ポンド砲に統一され、1782年には6ポンド砲が12ポンド砲に更新されました。さらに、68ポンドのカロネード砲も2門搭載されました。1808年1月には98門の2等戦列艦に格下げされましたが、1817年2月には再び104門の1等戦列艦に戻されました。

戦歴

第一次ウェサン島の海戦 (1778年)

オーガスタス・ケッペル提督率いる29隻のイギリス艦隊は、ウェサン島沖でフランス艦隊と遭遇しました。イギリス艦隊は隊列を維持し、フランス艦隊に開戦を強いることができました。正午頃、ヴィクトリーはフランス艦隊旗艦ブルターニュに砲撃を開始。イギリス艦隊は損害を受けましたが、追撃は行われず、この海戦は後に政争へと発展しました。

第二次ウェサン島の海戦 (1781年)

1780年3月、ヴィクトリーは船底に銅板を貼ることでフナクイムシの害を防ぎました。1781年12月、リチャード・ケンペンフェルト提督の旗艦として、ブレストから出航したフランス護送船団への襲撃に向かいます。イギリス艦隊は輸送船を15隻拿捕しましたが、フランス艦隊の優勢に気づき追撃は断念しました。

ジブラルタル包囲戦 (1782年)

リチャード・ハウ提督の旗艦として、ジブラルタルへの輸送船団を護衛します。船団は抵抗を受けることなく補給に成功しましたが、帰路に発生したスパルテル岬の海戦では、ヴィクトリーが砲撃を行うことはありませんでした。

サン・ビセンテ岬の海戦 (1797年)

ジョン・ジャーヴィス提督の旗艦として参戦しました。当時、地中海におけるイギリス海軍は仏西連合艦隊に対して不利な状況でした。ジャーヴィスはサン・ビセンテ岬に艦隊を配置し、スペイン艦隊の北上を阻止しました。代将だったホレーショ・ネルソンは、エルバ島からジブラルタルへ向かう途中でスペイン艦隊の情報を得て、ジャーヴィス艦隊に合流します。イギリス艦隊は15隻に対し、スペイン艦隊は27隻と戦力差がありましたが、ネルソンの活躍などによりイギリス艦隊が勝利しました。この海戦でスペイン艦隊は2年間港に留まることを余儀なくされ、フランスのイギリス侵略を不可能にしたとされています。

再建造とネルソン

1797年、ヴィクトリーは病院船への改装が検討されましたが、1799年に2等戦列艦インプレグナブルが座礁したため、再建造されることになりました。1800年に再建造が始まり、104門艦へと強化され、弾薬庫は銅で裏張りされました。船体の塗装も赤から黒と黄色の横縞に変更され、この配色は後に「ネルソン・チェッカー」と呼ばれるようになります。1803年4月に再建造が完了し、ポーツマスに送られました。

ホレーショ・ネルソン提督は1803年5月18日にヴィクトリーに旗艦を掲げました。一時フリゲート艦アンフィオンに移乗しましたが、7月31日にはヴィクトリーに戻り、再びネルソンの旗艦となりました。

トラファルガーの海戦 (1805年)

1805年4月、ネルソンはフランス艦隊がトゥーロンを出港したとの情報を得ます。その後、フランス艦隊はカディスに入港し、スペイン艦隊と合流します。ネルソンは連合艦隊を追撃し、10月21日、トラファルガーの海戦が勃発しました。

ネルソンは連合艦隊の中央を突破する作戦を立てました。ヴィクトリーは戦列の先頭を進み、集中砲火を浴びました。この海戦でネルソンは狙撃され、命を落としました。ヴィクトリーの損害は戦死57人、負傷者102人でした。この海戦でのイギリス艦隊の勝利は、ナポレオンのイギリス侵攻計画を頓挫させる決定的な一撃となりました。

トラファルガー以降

トラファルガー海戦後、ヴィクトリーは数々の遠征に参加し、1812年11月7日に活動を終え、ポーツマスで支援母艦として使用されました。その後は電信学校として利用され、1921年には老朽化が進み、保存の危機に瀕していました。しかし、ジェームズ・ケアードらの尽力により、ヴィクトリーを保存する運動が始まりました。

乾ドック入りと保存

1922年、ヴィクトリーはポーツマスのNo.2ドックに移されました。その後、1922年から1929年にかけて復元作業が行われ、1941年にはドイツ空軍機の爆撃で損傷しましたが、修復されました。1950年代には、害虫対策や古材の交換が行われ、2005年まで修復作業が続けられました。2012年10月には国定歴史艦隊の1隻となり、第一海軍卿の旗艦となりました。現在では、世界最古の現役軍艦として、毎年約35万人の観光客が訪れる記念艦となっています。

現在のサポート体制

2011年12月、国防機器支援局はBAEシステムズと復元プロジェクトの契約を結びました。また、2012年3月5日には、所有権が国防省からヴィクトリー保存団体に移管され、ゴスリング財団から2500万ポンドの補助金を受け、ヴィクトリーの保存活動は継続されています。

登場作品

ヴィクトリーは、小説『WORLD WAR Z』やゲーム『戦艦少女R』、『パズルガールズ』、『御城プロジェクト:RE〜CASTLE DEFENSE〜』など、さまざまな作品に登場し、その存在感を示しています。

このように、ヴィクトリーは、イギリス海軍の歴史と誇りを象徴する存在であり、数々の困難を乗り越えてきた不屈の精神を今に伝える貴重な文化遺産です。

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