三村伸太郎

日本の映画史において、多作な職人でありながら、伝説的な脚本家集団の中心メンバーとして輝きを放った脚本家、それが三村伸太郎（みむらしんたろう）です。明治30年（1897年）10月1日に生まれ、昭和45年（1970年）4月29日に72歳でその生涯を終えました。本名は岩井姓といい、特にトーキー映画の黎明期、京都で活動した「鳴滝組」の一員として、映画史に確固たる足跡を残しています。

生涯とキャリア

1897年、岡山市で生まれた三村は、東京に出て明治大学に入学しますが、後に中退しています。映画界への第一歩は1926年、松竹下加茂撮影所への入社でした。松竹キネマと配給提携していた衣笠貞之助監督の衣笠映画連盟に脚本を提供し、翌1927年にはオリジナル脚本『道中双六駕籠』で脚本家として正式にデビューを果たします。

1928年には拠点を東京・巣鴨町（現在の豊島区）の河合映画製作社に移しました。ここで三村は驚くべき筆の速さを見せ、わずか2年の間に21本もの脚本が映画化されるという多作ぶりを発揮します。中でも、マキノ・プロダクションから河合へ移籍してきた曾根純三監督とのコンビで多くの杉狂児主演作などを手がけました。

その後も三村の活躍は続き、1930年にはマキノ・プロダクションに脚本を提供し、『運命線上に躍る人々』や『南極に立つ女』が公開されました。同年、帝国キネマに入社し、菊池寛、郡司次郎正、中村武羅夫といった著名な文士の原作を脚色するなど、多様なジャンルの作品に取り組みます。

1932年には、東活映画社で半年あまりの間に11本の脚本を手がけるなど、その多作ぶりは健在でした。東活映画社の解散後、設立された宝塚キネマ御室撮影所、葉山純之輔の葉山映画連盟へと移りながら、精力的に脚本を書き続けましたが、一時期、浪人生活も経験しました。

鳴滝組の時代

この頃、三村は河合映画時代の仲間であった脚本家の八尋不二や監督の鈴木桃作、マキノ時代に交流があった滝沢英輔らと共に、京都の鳴滝と呼ばれる地域に住んでいました。彼らはその地を「鳴滝村」と呼び、互いに刺激を与え合いながら交流を深めていたのです。この「鳴滝村」に集った同世代の映画人たち、脚本家の藤井滋司、そして後に時代劇の巨匠となる監督の稲垣浩や山中貞雄、さらにその助監督の萩原遼らが加わり、1934年、日本映画史にその名を刻むことになる脚本家集団「鳴滝組」が結成されました。彼らは共同で脚本を執筆する際に使うペンネームを「梶原金八」と名付けます。

同年、三村は日活太秦撮影所に入社します。鳴滝組が「梶原金六」名義で原案を練った山中貞雄監督の『雁太郎街道』は、三村にとって初めてのトーキー作品となりました。

翌1935年になると、「梶原金八」という謎の新進脚本家が映画界の大きな話題となります。この時期、三村は鳴滝組の中心メンバーであった山中貞雄や稲垣浩監督の作品を多く手がけ、『丹下左膳余話百萬両の壺』、『関の弥太ッぺ』、『河内山宗俊』といった日本映画史に残る傑作の誕生に貢献しました。荒井良平や池田富保監督作品にも携わるなど、脚本家として脂の乗った充実期を過ごします。

しかし、1936年末に日活を退社した後、三村が脚本を手がけた『人情紙風船』（1937年）を撮り終えた山中貞雄監督が出征し、翌年戦死したことにより、この作品が山中の遺作となりました。盟友の突然の死は、「鳴滝組」の活動にも大きな終止符を打つ出来事となりました。

その後の活動と引退

山中貞雄の死後、三村は東宝へと活動の場を移し、脚本執筆を続けます。第二次世界大戦終結後の1947年には、新東宝の設立にも主要メンバーの一人として参加しました。その後も、晩年まで主に新東宝を拠点として、数多くの作品に貢献しました。1964年、長年の盟友である稲垣浩監督の『がらくた』の脚本を最後に、脚本家としての第一線から静かに身を引きました。

人物像とエピソード

三村伸太郎は、オールバックに丸眼鏡、無髭という特徴的な風貌で、普段から和服を愛用していたといいます。鳴滝組の仲間とは非常に親密な関係で、彼らとの間には数々のユーモラスな逸話が残されています。中でも有名なのは、ある旅行先で、彼の和服姿を見た旅館の女中が広沢虎造師匠と見間違え、それに乗じた山中貞雄が「師匠」と呼んだことから、そのまま仲間内のあだ名として定着してしまったという話です。

また、監督の稲垣浩は、三村のマイペースで洒脱な一面を示すエピソードを語っています。特に彼の「立小便」が非常に長かったという話や、立ち小便が見つかりそうになった際に、警官から「片足上げてやんなさい」と江戸っ子らしい洒落で許されたという話は、三村の人間的な魅力や、当時の粋な雰囲気を今に伝えています。

自身の仕事である脚本に対しては、強いプロ意識を持っていました。「監督は一度使った演出を役者が変わったり趣向を変えたりして蒸し返せるが、シナリオ作家は同じセリフを二度は使えない」と語った言葉からは、言葉の選択に対する厳格な姿勢がうかがえます。盟友山中貞雄の死後には、故人を偲ぶ「山中会」の発起人の一人となるなど、仲間を大切にする一面も持っていました。また、池宮彰一郎など、多くの弟子を育て、後進の育成にも尽力しています。

多作でありながら質も兼ね備え、映画史に残る集団「鳴滝組」の中心として活躍した三村伸太郎は、日本映画の発展に大きく貢献した功労者の一人です。

おもなフィルモグラフィ（一部）

『道中双六駕籠』（1927年）
『東海道膝栗毛第一篇地獄から這上った弥次喜多』（1928年）
『次郎吉三度笠』（1928年）
『嘆きの都』（1931年）
『雁太郎街道』（1934年）
『丹下左膳余話百萬両の壺』（1935年）
『人情紙風船』（1937年）
『上州鴉』（1951年 ※原作）
『がらくた』（1964年）

関連事項

鳴滝組
梶原金八
山中貞雄
稲垣浩
新東宝
* 池宮彰一郎

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