井戸覚弘

井戸覚弘（いど さとひろ）

井戸覚弘は、江戸時代末期、激動の幕末期に活躍した旗本です。生年は明らかになっていませんが、安政5年（1858年）4月7日に生涯を終えました。父は井戸伊織と伝わり、大内蔵、後には対馬守と称されました。その家系は、大和国を拠点とした土豪、井戸氏の子孫につながるとされています。

彼のキャリアは、弘化2年（1845年）に目付から長崎奉行に転じたことから本格的に幕府の要職を歴任するようになります。

長崎奉行在任中には、鎖国体制が揺らぎ始める国際情勢の最前線で対応にあたることになります。弘化3年（1846年）には、琉球国との通商を拒否された後、長崎に来航・上陸したフランス海軍少将ジャン＝バティスト・セシール率いるフランスインドシナ艦隊への対応に奔走しました。翌嘉永2年（1849年）3月には、アメリカ東インド艦隊司令官デビッド・ガイシンガーの命を受け、ジェームス・グリン艦長が指揮する軍艦プレブル号が長崎に来航。幕府側を代表して覚弘らがアメリカ側との交渉にあたり、前年に日本近海で遭難したアメリカ捕鯨船の乗組員と、自らの意思で日本に潜入していたアメリカ人ラナルド・マクドナルドの身柄引き渡しに応じ、無事退去させることに成功しました。

これらの巧みな国際交渉の手腕は、当時の老中首座であった阿部正弘の目に留まり、その推挙によって江戸北町奉行という重要なポストに抜擢されることとなりました。

嘉永7年（1854年）2月、マシュー・ペリー提督率いるアメリカ艦隊が再び来航（黒船来航）し、日本の開国を求める事態となります。この歴史的な局面に際し、井戸覚弘は林復斎、伊沢政義、鵜殿長鋭、松崎柳浪といった幕府の重臣たちと共に、米国使節応接掛に命じられました。彼はこの役職として、アメリカとの交渉の最前線に立ち、幾度となく会議を重ね、最終的に日米和親条約の締結に尽力しました。条約締結後、同年には伊豆国下田の開港準備のために現地へ赴き、5月には日米和親条約の付録、いわゆる下田追加条約に署名し、開港手続きを進めました。

安政3年（1856年）には、旗本が就くことができる最高職である大目付に栄進しますが、残念ながらその在職中に病に倒れ、安政5年（1858年）に死去しました。激動の幕末において、国際交渉や幕政の枢要に深く関与し、その生涯を全うした人物と言えるでしょう。

ちなみに、ペリー提督は自身の公式日記の中で井戸覚弘について言及しています。それによると、覚弘は「50歳くらいで背が高く、かなり太っているが、好感が持てる風貌」であり、当時の駐イギリス公使であったブキャナン（後のアメリカ大統領ジェームズ・ブキャナン）によく似ている、と記しています。この記述からは、ペリーが覚弘に対して比較的良い印象を持っていたことがうかがえます。

関連事項
* 黒船来航

もう一度検索