交響曲第8番 (マーラー)

グスタフ・マーラー 交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」

グスタフ・マーラーの交響曲第8番は、彼の「ウィーン時代」の最後の作品であり、自身が初演を耳にすることができた最後の交響曲です。この作品は、大規模な管弦楽に加え、8人の独唱者と複数の合唱団を必要とする、巨大なオラトリオあるいはカンタータのような構成を持っています。

概要

従来の交響曲の楽章制を廃し、2部構成を採用しています。第1部では中世の賛歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」を、第2部ではゲーテの戯曲『ファウスト第二部』の終末部分の歌詞が用いられています。音楽的には調性音楽の範疇にありますが、大編成、極端な音域と音量、テキストの扱いなどに表現主義的な特徴が見られます。

「千人の交響曲」という通称は、初演時の興行主が話題作りのために付けたもので、マーラー自身はこれを嫌っていました。初演は大成功を収め、マーラーの自作演奏会として生涯最大の成果であり、近代ヨーロッパにおける音楽創造が文化的な事件となった例として知られています。

マーラーは、この曲について「これまでの私の交響曲は、すべてこの曲の序曲に過ぎなかった」と述べています。彼はこの作品を、自らの音楽的集大成と位置づけ、妻アルマに献呈しました。これは、マーラーが自身の作品を他者に献呈した唯一の例です。

作曲の経過

マーラーの苦悩と葛藤

マーラーは、ウィーン宮廷歌劇場での「完全主義者」ぶりから、劇場内外で波紋を呼んでいました。1903年頃から自作の交響曲を指揮する機会が増えるにつれて、反ユダヤ主義的な批判にさらされ、ウィーンの聴衆や批評家からの反感を買うようになっていました。一方、マーラー自身も作曲に専念できる環境を求めるようになり、歌劇場での活動との両立が難しくなっていたのです。

1905年には、リヒャルト・シュトラウスの楽劇『サロメ』の上演を試みましたが、検閲によって実現しませんでした。これが、後にマーラーが歌劇場を辞任する遠因となりました。また、この頃から夏の休暇を作曲に充てることが難しくなり、作曲時間の確保にも苦労していました。

交響曲第8番の誕生

1906年の夏、マーラーはヴェルター湖畔の作曲小屋で交響曲第8番の作曲に取り掛かりました。第1部はわずか3週間でスケッチを終え、8月18日には全曲を完成させました。翌1907年の夏にオーケストレーションが行われ、妻アルマに献呈されました。

当初の構想では、4楽章構成でしたが、ゲーテの『ファウスト』を歌詞に採用したことで、第2楽章と第3楽章は削除、あるいは第2部に統合されました。アルマの回想によると、マーラーは作曲中にスランプに陥っていましたが、ある朝、作曲小屋に足を踏み入れた瞬間に「来たれ、創造主たる聖霊よ」という一節がひらめき、第1部を一気に書き上げたと言われています。しかし、実際には、マーラーは歌詞の翻訳を依頼したり、原詩を削除・変更したりしており、アルマの回想は必ずしも正確ではありません。

宮廷歌劇場辞任へ

1906年10月、ツェムリンスキーがウィーン宮廷歌劇場と契約を結び、マーラーはさらに孤立を深めました。自作の演奏旅行を重ねるにつれ、ウィーンでの批判は激化し、音楽界全体が敵に回ったかのような状況でした。皇帝との仲介役だったモンテヌオーヴォ公爵との関係も悪化しました。

1907年2月には、シェーンベルクの音楽を熱烈に支持するようになり、3月にはグルックのオペラの新演出を手がけました。しかし、この頃にはすでにアメリカへの渡航を決意しており、6月にはニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の指揮者就任を承諾しました。7月には、長女マリア・アンナが亡くなり、直後にマーラー自身も心臓病と診断され、苦境に立たされました。

初演と出版

初演

1910年9月12日と13日に、ミュンヘンでマーラー自身の指揮によって初演されました。この初演は、ミュンヘン博覧会の一環として行われ、各国の文化人が集まりました。演奏には、総勢1030人が参加しました。マーラーは、初演の1年前から準備に取り掛かり、綿密なリハーサルを重ねました。会場となった新祝祭音楽堂は、音響や照明効果にも配慮した、当時の最先端の建築でした。初演は大成功を収め、聴衆は熱狂に包まれました。

初演列席者

初演には、シェーンベルク、ワルター、メンゲルベルク、リヒャルト・シュトラウス、ラフマニノフなど、多くの著名な音楽家や文学者、そしてベルギー国王やバイエルン王子、ヘンリー・フォードといった要人が列席しました。

日本初演

日本初演は、1949年12月8日に山田和男指揮、日本交響楽団によって行われました。

出版

1911年にウニヴェルザール出版社から出版されました。この際、マーラーはアルマの歌曲集も同時に出版しています。

楽器編成

管弦楽

通常の管弦楽に加え、バンダ（舞台裏の別働隊）としてトランペット4、トロンボーン3を使用
木管楽器は倍加されることが望ましい
ピッコロ、ハープ、マンドリン、バンダの第1トランペットは複数人いることが望ましい

声楽

独唱：第1ソプラノ（罪深き女）、第2ソプラノ（懺悔する女）、第3ソプラノ（栄光の聖母）、第1アルト（サマリアの女）、第2アルト（エジプトのマリア）、テノール（マリア崇敬の博士）、バリトン（法悦の教父）、バス（瞑想する教父）
児童合唱 1
混声合唱 2

楽曲構成

2部構成で、演奏時間は約80分です。

第1部

賛歌「来れ、創造主なる聖霊よ」（ラテン語）
アレグロ・インペトゥオーソ変ホ長調 4/4拍子ソナタ形式
オルガンの重厚な和音に続き、合唱が第1主題を歌い始める
第1主題は、主音から4度下降し、7度跳躍上昇する音型が特徴で、全曲の統一動機となる
展開部は、二重フーガなどの対位法的な展開を駆使して進む
コーダは、児童合唱が加わり、第1主題の動機に基づいて高揚し、壮大な結びを迎える

第2部

ゲーテの『ファウスト第二部』から最終場面（ドイツ語）
演奏時間が50分以上を要する長大な部分
アダージョ、スケルツォ、終曲+コーダの3つの部分に分けられる
第1の部分は、管弦楽と合唱による自然描写と、法悦の教父と瞑想する教父の独唱からなる
第2の部分では、祝福された少年たちが登場し、マリア崇敬の博士のテノール独唱が加わる
第3の部分では、罪深き女、サマリアの女、エジプトのマリアが登場し、グレートヒェンの歌唱を挟んで3人による重唱となる
コーダでは、栄光の聖母のソプラノ独唱、マリア崇敬の博士のテノール独唱、祝福された少年たちの児童合唱が加わり高揚し、最後に第1部の第1主題が再現され、全曲が締めくくられる

『ファウスト』の音楽化

第2部では、ゲーテの『ファウスト第二部』の最終場面がテキストとして用いられています。この『ファウスト』を題材とした音楽作品には、ベルリオーズ、シューマン、リスト、グノー、ブゾーニらの作品があります。マーラーは、この作品で女性の愛を、天上世界へ導く「浄化」作用として象徴的に歌い上げています。

歌詞

第1部、第2部の歌詞は、それぞれラテン語とドイツ語で書かれています。

参考資料

『グスタフ・マーラー現代音楽への道』岩波新書、1984年。
『グスタフ・マーラーカラー版作曲家の生涯』新潮社、1987年。
『作曲家別名曲解説ライブラリー 1 マーラー』音楽之友社、1992年。
『最新名曲解説全集第2巻交響曲2』音楽之友社、1998年。
『ブルックナー/マーラー事典』東京書籍、1998年。
酒田健一訳『マーラーの思い出』白水社、1999年。
『マーラー（作曲家・人と作品シリーズ）』音楽之友社、2004年。
『マーラーを識る』アルファベータブックス、2014年。
GUSTAV　MAHLER『SYMPHONY No.8』（Ｄover　Miniature　Scores）

外部リンク

* 交響曲第8番の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト

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