人形峠

人形峠（にんぎょうとうげ）は、岡山県苫田郡鏡野町と鳥取県東伯郡三朝町の境に位置する峠です。標高は740.20mで、中国山地に位置しています。古くは「打札越（うつふだごえ）」と呼ばれていました。

概要

人形峠は、鳥取県の中央部と岡山県の津山盆地を結ぶ重要な峠でした。峠の頂上は人形仙と伯州山に連なる稜線の鞍部に位置し、四等三角点が設置されています。西側（鳥取県側）は加谷川の源流に迫る急峻な地形ですが、東側（岡山県側）は池河川が流れ、緩やかな高清水高原が広がっています。この高原には、かつてウラン採掘が行われていた日本原子力研究開発機構の人形峠環境技術センターがあります。

峠を越える国道179号は、もともと県道として整備された道で、1899年に開通しました。当時は峠を直接越える道でしたが、1981年に人形トンネルが開通し、通行が容易になりました。人形トンネル開通以前は「打札越」と呼ばれていました。

人形峠周辺は、春はヤマボウシ、夏はキャンプ、秋は紅葉、冬は温泉やスキーなど、四季折々の自然を楽しめる場所として親しまれています。

地名の由来

人形峠は、かつて「打札越」と呼ばれていました。また、峠の西側には「人形仙越（にんぎょうせんごえ）」という道も存在しました。

『鳥取県大百科事典』によると、人形峠の名称は、かつてこの峠で旅人を襲っていた巨大な蜂を鎮めるために、僧が村人に人間にそっくりな人形を峠に建てたことに由来するとされています。人形を建てたところ、蜂は3日後に死に、村人はその人形を埋めて守り神としたと伝えられています。また、人形仙越の由来については、異なる伝承も存在します。

人形仙越には、母娘の供養のために建立されたとされる「文化戊辰年（1808年）六月吉日」の銘のある母子地蔵が残っており、鏡野町の史跡に指定されています。

歴史

陰陽連絡路

古代から、天神川水系の小鴨川流域には国府が置かれており、人々が定住していました。しかし、他の地域との交流は海路が中心でした。奈良時代には、山陰道を整備し、京都へ繋ぎました。

山陰と山陽を結ぶ陰陽連絡路としては、志戸坂峠や犬挟峠が利用されていました。特に犬挟峠は、道が平坦で標高も低いため、備中往来として盛んに利用されました。

津山往来

江戸時代になると、現在の国道179号の原型となる津山往来が整備されました。倉吉から天神川を遡り、穴鴨村（現在の三朝町の一部）に宿場が設けられました。

穴鴨からは、田代越、人形仙越、打札越の3つのルートが分かれました。このうち、現在の人形峠に相当するのは一番東の打札越です。

田代越は、若杉山の北麓から田代峠を越えるルートです。人形仙越は、人形仙の北麓から人形仙越を越えるルートで、津山への最短距離でしたが、非常に険しい道でした。打札越は、加谷川を遡り打札越（現在の人形峠）を越えるルートで、牛馬の通行が可能でしたが、遠回りだったため脇道扱いでした。

明治以降の変遷

明治時代になると、最初に田代越が整備されました。1885年頃の文献によると、道幅が狭く、非常に険しい道だったとされています。その後、1899年に打札越のルートが県道として整備され、車両の通行が可能になりました。しかし、当時はまだ「人形峠」という名称は使用されていませんでした。道幅が狭く、急な坂道やカーブが多く、冬は雪や凍結で通行が困難でした。

1912年に山陰本線が全通すると、鉄道が山陰と山陽を結ぶ主要な交通手段となり、これらの峠道は廃れていきました。

1954年、天神川上流域でウラン鉱が発見され、1955年には県道倉吉津山線の頂上付近でウラン鉱の露頭が発見されました。この鉱山は「人形峠ウラン鉱」と名付けられ、打札越が「人形峠」と呼ばれるようになりました。鉱山の開発とともに、バス路線が開通し、高清水高原は観光地として開発されました。1981年には人形峠トンネルが開通し、交通の便が向上しました。

地質

人形峠層

約2億4000万年前、本州造山運動によって日本列島が陸地化しました。その後、火山活動が活発になり、花崗岩が形成されました。この花崗岩は、後に山陰のたたら製鉄の原材料となりました。その後、陸地が沈降し、海に没しました。海中では、火山噴出物や泥砂が堆積しました。

約700万年前から、海底が隆起を始め、中国山地が形成されました。この時、限られた地域が窪地となり、水域（人形峠湖盆）が形成されました。この水域に堆積した地層を人形峠層といいます。人形峠層は、基底礫岩、アルコース砂岩、頁岩の順に積層しており、ウラン鉱や植物化石を含んでいます。

人形峠化石植物群

人形峠周辺からは、約400万年～1000万年前の植物化石が多数発見されています。これらの化石は、人形峠化石植物群と呼ばれており、当時の冷涼な気候を物語っています。大半はブナの化石で、現在の大山付近のブナ林と近い植生を示しています。

人形石

人形峠層には、ウランを含む花崗岩が侵食されたことで形成されたウラン鉱床があります。このウラン鉱床に含まれる鉱物の代表が人形石です。人形石は、日本で初めて本格的に発見されたウラン鉱石であり、資源価値の高い重要な鉱物です。人形石の成分は、CaU(PO4)2・nH2Oです。黒色の粉状または微細柱状の鉱物です。

人形峠周辺のウラン鉱床は、人形峠と辰己峠にはさまれた東西10キロメートル、南北5キロメートルの範囲に分布しています。特に有望な鉱床は、人形峠鉱山と呼ばれています。

人形峠とウラン鉱

人形峠鉱山の発見

1950年代、原子力利用が確立されると、日本各地でウラン鉱床の探索が行われました。1955年11月12日、地質調査所が人形峠でウラン鉱の露頭を発見しました。この鉱床は人形峠鉱山と命名され、周辺の鉱床も含めて開発が進められました。人形峠の鉱床は高品位であり、日本で唯一、まとまった鉱量の見込めるウラン鉱であることが確認されました。

日本初の濃縮ウラン製造

1956年、原子燃料公社が設立され、人形峠でウラン鉱の調査開発が始まりました。1959年には、人形峠産のウラン鉱石を基にイエローケーキの精錬に成功し、1961年には日本初の国産ウラン製造を実現しました。1979年には、日本初の国産濃縮ウランの生産に成功しました。

精錬転換・濃縮施設の役務運転終了

1970年代、ウランの取引価格は高騰しましたが、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故をきっかけに下落しました。経済的な理由から、人形峠でのウラン採掘は中止されました。また、政治的な観点から、稀少なウラン鉱を有事の際の資源として温存する目的もありました。

1998年に人形峠の施設は人形峠環境技術センターとなり、2001年にはウラン濃縮原型プラントの役務運転が終了しました。閉山までに採掘された鉱石は約8万6000トン、濃縮されたウランは84トンでした。現在は、放射性廃棄物の処理技術の研究や、ウラン坑道の一般公開などが行われています。

人形峠周辺のウラン探鉱活動で生じた残土は、鳥取県内に長らく堆積されていましたが、2006年に残土処理施設が建設され、レンガに加工処理されるようになりました。このレンガは「人形峠製レンガ」として販売されており、各地で利用されています。また、妖精の森ガラス美術館では、ウラン化合物を利用したウランガラスの製作が行われています。

鉱山跡措置等の研究開発

ウラン濃縮プラント閉鎖後は、放射性廃棄物の処理技術の研究が主な業務となっています。滞留ウランの除去や回収、遠心分離機等の解体処理技術などの研究が行われています。かつてのウラン坑道は一般公開されており、見学することもできます。

2021年、原子力規制委員会は人形峠環境技術センターのウラン濃縮原型プラントなど加工施設について2040年度に解体を完了するとした廃止措置計画を認可しました。

人形峠を題材にした作品

人形峠を舞台にした作品として、以下のようなものがあります。

「人形峠でみた少年」（高野寛のアルバム収録曲）
さいとうたかを「人形峠大殺戮」（劇画）
『まんが日本昔ばなし』「人形峠」
ゲゲゲの鬼太郎「化け蜘蛛」
「神仏習合怪し話宵闇人形峠」（山本正之アルバム収録曲）
名探偵コナン「鳥取クモ屋敷の怪」（絡繰峠のモデル）
人形峠（GANMA作品）

脚注

注釈

出典

参考文献

沼野忠之『岡山の鉱物』日本文教出版、1980年
内藤正中、真田廣幸、日置粂左ヱ門『鳥取県の歴史』山川出版社、1997年
沼野忠之「地下資源・鉱山の昔と今」『自然への想い岡山 - 昔を探り、今を見つめて』倉敷の自然をまもる会編、山陽新聞社、1993年
山陽新聞社・岡山県大百科事典編集委員会編『岡山県大百科事典』山陽新聞社、1980年
新日本海新聞社・鳥取県大百科事典編纂委員会編『鳥取県大百科事典』新日本海新聞社、1984年
『新日本山岳誌』日本山岳会、2005年
『日本山岳ルーツ大辞典』竹書房、1997年
『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』角川書店、1985年
『日本歴史地名大系鳥取県の地名』平凡社、1982年
『鳥取県立博物館総合案内』鳥取県立博物館、1985年
昭和31年版原子力白書原子力委員会、1957年
テキスト「核燃料サイクル」日本原子力学会再処理・リサイクル部会、テキスト「核燃料サイクル」編集委員会、2012年

関連項目

日本の峠一覧
天然ウラン

外部リンク

日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センター
アトムサイエンス館
妖精の森ガラス美術館
『人形峠』 - コトバンク

人形石関連

Mineralogical Society of America Ningyonite
* Ningyoite Mineral Data

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