伯家神道

伯家神道（はっけしんとう）

伯家神道は、花山天皇の皇子を祖とする白川家によって受け継がれてきた神道の一派で、白川神道とも呼ばれます。白川家は、神祇官の長官である神祇伯を世襲し、朝廷における重要な祭祀を担ってきました。

歴史

前史

律令制下では、神祇官の長官である神祇伯には、大中臣氏が任命されていましたが、後に藤原氏や源氏などの他の氏族も任ぜられるようになりました。花山天皇の皇子である清仁親王の王子、延信王は、1025年に源姓を賜って臣籍降下し、1046年に神祇伯に任命されました。延信王の子、康資王、三条天皇の皇曾孫である敦輔王、大中臣親定、村上源氏の源顕房の子顕仲、顕仲の甥である顕重と神祇伯は引き継がれました。康資王の孫にあたる顕広王が1165年に神祇伯に任じられて以降、その子孫が神祇伯を世襲するようになり、この家系は「白川家」や「伯家」、「白川伯王家」と呼ばれるようになりました。

室町時代後期になると、吉田兼倶が吉田神道（唯一神道）を創始し、神祇管領長上を称しました。吉田兼倶を輩出した吉田家は、神祇官の次官である神祇大副を世襲していた家系ですが、白川家の当主であった忠富王は、兼倶の指導を受けていました。

江戸時代

吉田家が神道説を整理して教義を確立する一方で、白川家は、鎌倉時代後期に一族に『日本書紀』を研究した者がいたものの、教義によって信仰を説くことはせず、古来より朝廷に伝わる祭祀の作法を口伝によって受け継いでいました。1665年に発布された諸社禰宜神主法度では、無位の社人が白張以外の装束を着用する際には吉田家の裁許状が必要であると規定され、これにより吉田家の支配下に入る神職が激増しました。

このような状況下で、白川家の当主であった雅喬王は、1680年に家伝を整理し『家説略記』を著しました。雅喬王は、白川家が皇室や摂関家に祭祀の作法を伝授してきたことを主張し、吉田家との違いを明確にしようとしました。雅喬王の子である雅光王の代になると、臼井雅胤が学頭に迎えられ、雅胤は伯家神道の教義確立に尽力しました。雅光王の2代後の雅富王は、1754年に『家説略記』を改訂し『伯家部類』を著しました。1762年には、学頭の森昌胤が『神道通国弁義』を著しました。

その後、白川家は国学者の平田篤胤の協力を得て、1816年に『神祇伯家学則』を編纂し、その中で神道はどの国においても普遍的な道であり、いつの時代にも変わることのない根本原則であると主張しました。平田篤胤は、1840年に学頭に迎えられました。

なお、俗に最後の学頭とされる高浜清七郎は、白川家の門人帳などの記録には学頭になったという記載はなく、事実ではありません。白川家門人帳に記載される正式な最後の学頭は平田銕胤です。また、教派神道のうち、禊教は1838年に、金光教は1864年にそれぞれ白川家から神拝式許状を受けています。

明治時代以降

明治維新を迎えると、神祇制度にも変革が加えられました。白川家の当主であった資訓王は、1868年に王号を返上し、1869年には正式に復興した神祇官の次官である神祇大副に就任しました。同年、白川家で奉斎されていた八神殿の霊代が神祇官の神殿に移されました。

1871年、神祇官は神祇省に降格され、1872年には教部省に改められました。皇室祭祀は宮内省式部寮に引き継がれ、神祇官の神殿の祭神は賢所へ遷座し、歴代天皇および皇族の霊は皇霊殿に、天神地祇は神殿に祀られました。

八神殿の霊代は宮中に移されたものの、儲君への禊を行う祝部殿は白川家に残されました。祝部殿は、資訓の子で子爵の資長の東京移住に伴い東京へ移転しました。資長には実子がなく、伯爵上野正雄の子である久雄を養子に迎えましたが、後にこの養子縁組は解消されました。1959年には資長の死去により、伯家神道の正統たる白川家は断絶しました。

特徴

伯家神道は、教義によって信仰を説くのではなく、古来より朝廷に伝わる祭祀の作法を口伝によって継承することを重視していました。そのため、吉田神道のように教義が体系化されることはありませんでしたが、皇室や摂関家に対する祭祀の作法を伝授することで、その存在意義を示してきました。

影響

伯家神道は、明治維新によってその役割を終えましたが、日本の神道史において重要な役割を果たしました。特に、朝廷の祭祀を司る神祇伯を世襲した白川家の存在は、日本の祭祀の伝統を語る上で欠かせないものです。

参考文献

梅田義彦「諸社禰宜神主法度」『神道辞典』、堀書店、1968年
川出清彦「神祇官」『神道辞典』、堀書店、1968年
坂本健一「神祇官」『神道辞典』、堀書店、1968年
高沢信一郎「伯家神道」『神道辞典』、堀書店、1968年
岡田荘司「唯一神道」『国史大辞典』第14巻、吉川弘文館、1993年
鎌田純一「臼井雅胤」『国史大辞典』第2巻、吉川弘文館、1980年
鎌田純一「神祇管領長上」『国史大辞典』第7巻、吉川弘文館、1986年
小松馨「伯家神道」『国史大辞典』第11巻、吉川弘文館、1990年
阪本健一「神祇省」『国史大辞典』第7巻、吉川弘文館、1986年
菅田正昭「白川家」『華族 歴史大事典（別冊歴史読本）』第32巻第18号、新人物往来社、2007年
西島一郎「皇室祭祀」『皇室の百科事典』、新人物往来社、1988年
『神道の本 : 八百万の神々がつどう秘教的祭祀の世界』学研、1992年
森昌胤「神道通国弁義」『神道叢説（山本信哉 編 所収）』、国書刊行会、1911年
白川家「神祇伯家学則」『神道叢説（山本信哉 編 所収）』、国書刊行会、1911年

もう一度検索