公孫淵

公孫淵（こうそん えん）

公孫淵（Gōngsūn Yuān）は、中国三国時代の武将です。字（あざな）は文懿（ぶんい）。遼東の地で自立し、燕王を称しました。

人物

晋代に編纂された史書『三国志』では、晋の祖である司馬懿（しばい）の諱（いみな）を避けるため、字が省略されています。唐代に編纂された史書『晋書』宣帝紀と『北史』では、唐の高祖李淵（りえん）の諱を避けるため、字の公孫文懿で記されています。

生涯

父の公孫康（こうそんこう）が亡くなった時、公孫淵はまだ幼少であったため、叔父の公孫恭（こうそんきょう）が遼東太守となりました。成人した公孫淵は、太和2年（228年）に公孫恭を脅迫し、遼東太守の座を奪いました。この時、魏の明帝（めいてい）から揚烈将軍（ようれつしょうぐん）の官位を与えられています。

その後、公孫淵は魏の他に呉とも通じるなど、巧みな外交を見せました。嘉禾2年（233年）には呉から九錫（きゅうせき）を受け、燕王に封じられました。しかし、後に心変わりし、呉の使者として来訪した張弥（ちょうみ）・許晏（きょあん）・賀達（がたつ）らを殺害し、その首を魏に差し出しました。この功績により、大司馬（だいしば）・楽浪公（らくろうこう）に任じられています。

燕王を称す

しかし、公孫淵の二枚舌外交は、魏の強硬政策を招きました。

景初元年（237年）、毌丘倹（かんきゅうけん）は明帝の名で公孫淵に出頭命令を出しました。公孫淵はこれに従わず迎撃の構えを見せ、毌丘倹と一戦に及びこれを撃退しました。この結果、公孫淵はついに自立を宣言し、燕王を称しました。賈範（かはん）・綸直（りんちょく）らに諫められましたが、聞き入れずに処刑しました。また、文武百官を置き、年号を紹漢（しょうかん）としました。領土は帯方郡（たいほうぐん）と楽浪郡でした。

翌紹漢2年（238年）、司馬懿自らが指揮を執る魏軍が侵攻してくると、公孫淵は呉に援軍を求めました。呉は過去の恨みから嫌味を書いた書簡を送り返しましたが、それでも魏への牽制には役立つとみて、援軍を差し向けました。また、公孫淵は鮮卑（せんぴ）の族長を単于（ぜんう）に任じ、味方に取り込もうとしました。しかし呉の援軍は間に合わず、止むを得ず単独で戦うも魏軍に大敗し、籠城するも食料が尽き、遂に降伏しました。

この時、公孫淵は降伏ではなく和議の形での終結を図ろうと考え、相国（しょうこく）に任じた王建（おうけん）と御史大夫（ぎょしたいふ）に任じた柳甫（りゅうほ）を使者に立て、その旨を伝えさせました。しかし、司馬懿は二人をその場で斬ると「お前たちは楚と鄭の故事を知らないのか。私も魏帝から列侯に封ぜられた身、王建ごときに『囲みを解け』、『軍を退け』と指図される筋合いはない。王建は耄碌して主命を伝え損なったのだろう。次は若く頭のよい者を遣すように」と警告しました。このため公孫淵は次に衛演（えいえん）を遣わして、人質を送り恭順する旨を伝えさせました。しかし司馬懿は「戦には5つの要点がある。戦意がある時に戦い、戦えなければ守り、守れなければ逃げる。あとは降るか死ぬかだ。お前は降伏しようともしなかったな。ならば残るは死あるのみだ。人質など無用である」とこれを追い払いました。

同年8月23日、公孫淵と子の公孫脩（こうそんしゅう）をはじめとする廷臣はみな斬首され、さらに遼東の成年男子7000人も虐殺されました。その首は高く積まれ京観（けいかん、高楼）と呼ばれたといいます。また公孫淵の首は都の洛陽（らくよう）に送られました。このことで、洛陽に留まっていた兄の公孫晃（こうそんこう）の一族も死を賜ることになり、遼東公孫氏は滅亡することになりました。なお、叔父の公孫恭は反乱の際に疑われ城内に幽閉されていましたが、司馬懿から忠士であると評価され、反乱鎮圧後に釈放されたといいます。また賈範・綸直は司馬懿により手厚く葬礼され、両名の遺族もまた厚遇されたといいます。

倭との関係

遼東公孫氏の滅亡が、倭国女王卑弥呼（ひみこ）が魏の配下となった帯方郡に遣使することにつながった、との見方が有力です。当時の公孫氏政権が、韓国をはじめとする東夷諸国の使者を遼東で遮り、自らへの朝貢としていたため、その滅亡により経路が通じるようになったという見解に基づくものです。

『魏志倭人伝』において、いわゆる倭国の乱を始め、卑弥呼の遣使まで倭国に関する具体的な記述が途絶えているのは、後漢霊帝崩御から魏の興隆、三国鼎立に至る乱世と重なり、公孫氏が遼東で自立していた時期とも重なるためと考えられています。卑弥呼遣使の帯方郡到着は景初2年6月と『魏志倭人伝』に明記されています。しかし、公孫氏滅亡に先立つ時点と思われ帯方郡への遣使は困難ではないかとの見解から、「二」と「三」の誤記を想起し翌景初3年ではないかとする異議が提示されています。ただし、倭国遣使が大夫2人で朝貢物の生口10人布2匹2丈は、かつての後漢安帝永初元年（107年）の倭国王帥升等の貢物生口160人と比べて、粗末なものと見えるのにかかわらず、景初3年元日に崩御した魏明帝が、生前倭国を「厚遇」したのは、公孫氏からいち早く魏に乗り換えた事の功績を認めたからだという観点から、公孫氏滅亡直前のこの時期の遣使が正確であるという説が有力です。

日本の『新撰姓氏録』では、帰化人系の氏族の一つである常世氏（とこようじ、もと赤染氏）は、公孫淵の子孫と称しています。

逸話

公孫淵・公孫脩の父子が司馬懿によって討ち取られる前、淵の家にはたびたび異変が起こりました。朱色の冠をかぶり赤い着物を着た犬が屋根に上ったり、米を蒸す土鍋の中で子供が蒸し殺されていたりしました。また淵の領地である襄平（じょうへい）の北の市街に肉が現れました。長さも周囲もそれぞれ数尺、頭、目、口、唇がついていて手も足もないのに揺れ動きました。そこで易者に占ってもらったところ「形はあるが完全ではない。体はあるが声はしない。これは国家滅亡の前兆ですぞ。」とのことであった。三国志演義では公孫淵が燕王を自称する際に、 倫直がこの怪奇現象を例に挙げて諫めたが聞き入れられず処刑されています。

配下

王建
柳甫
賈範
綸直
* 衛演

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