南朝公卿補任

南朝公卿補任とは

『南朝公卿補任（なんちょうくぎょうぶにん）』は、南北朝時代に存在した南朝方の公卿たちの官位を記録したとされる書物です。これは、朝廷における公卿の官位を記した『公卿補任』の南朝版とも言える体裁を持っています。しかし、その内容は早くから偽書である可能性が指摘されており、現在では史料として扱われることはほとんどありません。別名として『南朝補任』や『吉野朝公卿補任』とも呼ばれています。

概要

全4冊で構成されており、各冊には以下の期間が収録されています。

第一冊：延元2年（1337年）から正平7年（1352年）
第二冊：正平8年（1353年）から正平23年（1368年）
第三冊：正平24年（1369年）から天授6年（1380年）
第四冊：弘和元年（1381年）から元中9年（1392年）

書式は『公卿補任』と同様で、南朝における関白以下の参議以上、及び非参議・従三位以上の公卿の氏名を序列順に記載し、彼らの叙任や兼官について注記する形式となっています。記載されている公卿は合計106名に及びますが、その中には正平一統の際に南朝に帰順した足利尊氏や義詮の名前も含まれています。また、この書物の大きな特徴として、史実とは異なり長慶天皇の在位を認めない立場（非在位説）をとっている点が挙げられます。

作者と来歴

この書物の作者については、故実家の藤貞幹（ふじさだもと）による偽作であるというのが通説となっています。しかし、それを裏付ける明確な史料は存在しません。ただし、貞幹偽作説は古くから存在しており、天保年間には既に広まっていたとされています。

来歴としては、大きく分けて2つの系統があります。一つは、寛政5年（1793年）に河本公輔によって書写されたもので、もう一つは翌年の寛政6年（1794年）に柳原紀光（『続史愚抄』の編者）によって書写されたものです。両者とも、それぞれが自家に伝わる貴重な書物であると主張していましたが、実際には両者とも同じ内容であり、写本がすぐに市中に広まったことから、偽作者が背後で画策していた可能性が指摘されています。岡本保孝は「況斎雑記」の中で、この書は貞幹が偽作して河本に売ったものだと明言しており、この説の有力な根拠となっています。しかし、仮に貞幹による偽作だとしても、その動機や知識の程度など、まだ解明されていない点は多く残っています。

現在、写本は内閣文庫、国立国会図書館、宮内庁書陵部、尊経閣文庫、大和文華館などに所蔵されていますが、翻刻本は未だ刊行されていません。

評価

『南朝公卿補任』は、その成立当初から偽書であるという指摘がなされてきました。

寛政6年（1794年）：塙保己一が水戸学者の依頼を受け、『南朝公卿補任考』を著し、初めて偽書説を主張しました。
寛政11年（1799年）：本居宣長は『玉勝間』の中で、この書を「いとめづらしきふみなり」と賞賛し、真書と信じて疑いませんでした。
文政4年（1821年）：足代弘訓が『寛居雑纂』の中で改めて偽書説を主張しました。足代は以前に塙と偽書説について対談したことがありました。
天保3年（1832年）：曲亭馬琴の書簡の中に、「南朝公卿補任一巻これは京の無仏が偽作と申もの候へども」とあり、貞幹偽作説の初見とされています。
明治28年（1895年）：井上頼圀が「典籍雑攷」の中で、塙・足代の主張を紹介し、偽書説を広めるきっかけとなりました。
大正11年（1922年）：吉澤義則が岡本保孝の「況斎雑記」を引用して貞幹偽作説を紹介しましたが、この説には懐疑的でした。
昭和52年（1977年）：日野龍夫が『江戸人とユートピア』の中で貞幹偽作説を断定的に紹介し、以降これが半ば通説となりました。

近年では、単なる偽書として切り捨てるのではなく、何らかの具体的な史料に基づいて偽作されたものとして、一定の歴史的評価を与える動きがあります。森茂暁も「すべてが事実に反する記事内容だというわけでもないので、使用法を考慮すれば有効に使えそうな史料ではある」と述べ、史料としての限定的な価値を認めています。

脚注

参考文献

井上頼圀 「典籍雑攷」（『己亥叢説 上』 吉川半七、1899年）
中江義照 「『南朝公卿補任考』の考察」（『塙保己一研究 中江義照記念論文集』 温故学会、2004年）
阪本是丸 「『南朝公卿補任』と藤原貞幹」（『國學院大學研究開発推進センター研究紀要』1号 2007年）

関連項目

新葉和歌集：南朝が編纂した准勅撰和歌集。本書を偽作する際に、南朝の基礎史料として使用された可能性があります。
系図纂要：幕末に編纂された系譜集成。南朝公卿の官歴に関しては、本書を参照した可能性が高いです。

外部リンク

* 『南朝公卿補任（大和文華館本）』 - 国文学研究資料館のデジタル資料

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