啓典の民

啓典の民について

啓典の民（けいてんのたみ）とは、イスラーム世界において、特定の制約を受け入れることで居住を許される異教徒を指す言葉です。この用語は、アラビア語で「アハル・ル・キタービ」と呼ばれ、主にキリスト教徒、ユダヤ教徒、サービア教徒に適用されます。これらの宗教は共通の啓示の書（聖書やクルアーン）を基にしているため、ある程度までの保護が与えられています。

かつては、イスラームの信者以外に対しては改宗を強く促す方針が取られていました。しかし、イスラーム国家の領土が広がるにつれ、異教徒に対する強硬策は持続不可能となりました。その結果、時代や地域によって異なるアプローチがなされるようになり、イスラーム国家に住むほぼすべての異教徒が啓典の民として認識されるようになりました。

啓典の民に課せられる義務としては、通常の税金に加えて「ジズヤ」と呼ばれる人頭税が存在します。この税を支払うことで、彼らは「被保護民（ズィンミー）」として特定の保護を受けることができ、信教の自由や自民族の文化的慣習を守る権利が認められました。ただし、この保護には厳しい制約が伴い、信仰の表現や公共の場での慣習には一定の制限がありました。

興味深いことに、一神教と普遍的に見なされていない仏教が一部のムスリムによって啓典の民として認識されることもしばしばあります。例えば、東京大学の野口淳氏は、南アジアのハナフィー学派が仏教徒を啓典の民として扱う意向を示していると主張しています。また、パキスタン出身のムスリムであるマララ・ユスフザイは、国連の場で仏陀を預言者の一人と呼び、仏教徒への理解を示しました。さらに、インドネシアでも、唯一神への信仰が国の理念とされている中で、仏教や儒教、ヒンドゥー教が一神信仰の範疇に含まれるとされることがあります。

教祖の比定

なお、啓典の民の地位を得るためには、教祖を啓典に登場する預言者と結びつけるアプローチが取られることがあります。例えば、ゾロアスター教徒は開祖であるザラスシュトラをアブラハムと同一視することで、啓典の民としての地位を獲得しました。また、マンダ教については、主要な預言者を偽預言者と扱う教義を持ちながらも、洗礼者ヨハネを預言者とし、サービア教と位置付けられることが許されました。

このように啓典の民は、歴史や地域によって異なる扱いを受けつつも、特定の条件を満たすことで様々な宗教的自由を享受できる立場にあることが理解されます。

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